第7章 はじまり - 仕掛け(2)

文字数 1,142文字

               仕掛け(2)


「勘弁して欲しいっすよ。これでもう4軒目なんですよ……」

 男が真っ白い息を吐きながら、寒そうに身体を震わせそう呟いた。

 毎晩のように飲み歩く武井を、

 彼らは一日たりとも空けることなく、24時間追い続けたのだ。

 そしてある金曜日、いつもであれば行って2軒というところが、

 3軒4軒といつまで経っても帰ろうとしない。

 真冬の街中に立ち、

 店から出て来る彼を待つのはかなり厳しい作業であった。

「今回はまあ、金がめちゃいいっすから我慢できますけど……ああ、早く出て
 来ないかなあ……」

 そんなボヤキが止まらないのは、年若の方の男だった。

 隣には、還暦はとうに過ぎたであろう初老の男がいて、

 若造の言葉をただ黙って聞いている。

 2人は武井が店を出てタクシーに乗り込む度に、

 3人目の男が運転する車で後を追っていた。

 ところがさっきここに来て、

 駐車するスペースが埋め尽くされてどこにもない。

「すぐにどこかが空くだろう。ちょっとその辺を走って来てくれないか? 」
 
 タクシーを降り、店に入って行く武井の姿を追いながら、

 初老の男は真夜中の六本木でそう指示を出した。

 ところが30分以上経つというのに、車が一向に戻って来ないのだ。

 ――今店から出て来たら……万事休すだ!

 そう思った瞬間、店の煌びやかなネオンの下に武井の姿が現れる。

 そして2、3歩歩いたところで、いきなりその前にタクシーが停まった。

「やばい! どうしましょう!? 」

 慌てふためく年若に対し、初老の男はさっきまでとは別人のように冷静で、

 走り去るタクシーを見つめつつ、ポケットから携帯を取り出した。

 彼が慣れた手付きで履歴を確認すると、

 2件ずつの着信と留守電が入っている。

 携帯を耳に当て聞き入る彼に、

 先ずは中津からの声が聞こえてくるのだった。

〝ファーストコンタクトでもうランデブーよ。詳しくは美咲からのメールを転
 送しておいたから、そこに書かれている店に向かってちょうだい〟
 
 たったそれだけの留守電だったが、彼はすぐにその全容を理解する。
 
 さっき武井の前に現れたタクシーには、既に美咲が乗り込んでいたのだ。

 2軒目のクラブで初めて出会ったというのに、

 その後の約束でも取り付けたのだろう。

 だから武井はクラブが終わるまで時間を潰し、

 彼女をタクシーで迎えに来させた。

 さらにもう1つの留守電の方は、

 事故渋滞で動きが取れないという3人目の男からのもの。

 彼は急いで中津からの転送メールを確認し、

 不審げに見ている若造へと告げた。

「さあ、5軒目だ! さっさとタクシー拾って俺たちも向かうぞ! 」

 午前2時を迎えようかという六本木の街に、

 初老の男の声が辺り一面元気よく響き渡った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み