第8章 収束 - さらなる狂い(3)

文字数 806文字

              さらなる狂い(3)


 とにかく、その後も大きな修正点はないまま、

 彼は台本より1時間遅れで麓まで下りてくる。

 ところが駐在所に到達する前に、

 力尽きてしまい、民家の軒下でグーグーとイビキをかき出した。

 警察官に扮した劇団員が武井を起こし、

 なんとか台本通りに1万円を手渡すが、

 そのままスナックに向かえばいいものを、

 彼はさらに酒屋などに寄り道をしてしまうのだ。

 そこで予想外の流れが生み出され、

 台本は修正されぬままその日最後のシーンへと突き進む。

『あ、やっと武井も酒屋から出て来ましたよ……大丈夫だ。ちゃんとスナック
 の方に向かってる。それじゃあ麻衣さん、上手くやってくださいよ! 』
 
 尾行していた2人のうちの1人が、小型マイクに向かってそう声にした後、

 隣にいる男に向かって、大丈夫だから――そんな印象で軽い頷きを見せる。

 隣にいたのは、今回のメインキャストの中で唯一となる部外者で、

 宇佐美という長身の男だった。

 彼はこの土地の住人であり、

 スナックのママをしている麻衣の亭主。

 2人は2年前、宇佐美の生まれ故郷であるこの地に移り住み、

 空き家となっていたスナックを買い取り商売を始める。

 そして今回は、亭主である宇佐美自身も、

 武井を誘惑しかけたところに姿を現すという、

 まさに適役を引き受けていたのだが……、

「あの……さっきの女の子のことで、ちょっと気になることが……」

 後1時間もすれば、スナックにいる仕込みの客は、皆いなくなるという頃、

 宇佐美がいきなりそう言い出した。

 そしてすぐ戻るからと言い残し、

 制止の言葉も聞かずにどこかへと走り去ってしまう。

 彼は女の子が酒屋から手ぶらで出て来たのを目にして、 

 ――酒を……買いに来たんじゃないのか? 

 ――じゃあ、どうして酒屋なんかに……?

 そんな疑念を振り払うことができず、

 その足で女の子の家に向かっていたのだった。
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