第6章 反撃 - 別荘(4)

文字数 994文字

                別荘(4)



 すると岡島が視線を武井へ向けたまま、

「谷川! おまえ、付けられたのか!? 」

 と、声を限りにそんなことを叫ぶ。

 その声に反応したのはあの小男で、リビングからテラスに飛び出ると、

 見るからに泣き出しそうな顔を岡島へと向けるのだが、

 声を発することはなく、

 ただただ顔を歪めて岡島の背中を見つめていた。

 そんな中、岡島はいかにも悔しそうに、チッと小さく舌打ちをして見せる。

 そして大きく息を吸い込み、

「違うんだ! 武井! 話を聞いてくれ! 」

 ほんの少しだけ上半身をのけぞらせ、今度は武井に向けてそう言った。

「何が違うんだ! 何も違わん! みんなで俺をコケにしたんだろうが
 あ! 」

「違う、違うって! ほら、みんな生きているだろ!? だから警察にだっ
 て捕まりはしない! おまえは殺人なんか犯していないんだ! とにかく、
 みんな武井のためにやったことなんだ! 」
 
 ――何が俺のためだ!? いい加減にしろ!

 瞬時にそんな台詞が頭に浮かんだ。

 ところがそう口にする寸前、いきなりの声に遮られる。

「違うわ! あなたはれっきとした人殺しよ! 」

 多少ざわついていた辺りの様子が、一瞬にして静まり返った。

 するとその時を待っていたかのように、岡島の表情に大きな変化が表れる。
 
 眉間にしわを寄せ強ばっていた顔が、

 一気に弛緩し安堵の表情へと変わったのだ。

 それまでの必死さが演技だったように、

 それはあまりに劇的な変わりように思えるのだった。

「うん、確かに、そう言われればそうなんだ……武井に、その意思があった
 かどうかは別として、あんたはある意味、本当に人1人死に追いやってい
 る。ま、それもずいぶん、大昔のことなんだけどね……」
 
 さっきまでとは打って変わった、まさに落ち着き払ったその声だった。

「仕方がない……すべて話すよ、だからそれ、突き付けるのやめてくれない
 か? そんなことされてたら、落ち着いて、話すことなんかできないだろ
 う? 」
 
 武井はその声に反応することなく、無表情のまま少しだけ鉄串を引いた。

「あれは確か、もうすぐ受験って頃だ。おまえは知らんだろうが、俺はおまえ
 より先に、優子さんを高校の頃から知っているんだよ。毎朝駅のホームで、
 ずっと彼女を見てきたんだからな……」
 
 そう言って岡島は、

 一瞬だけ優子へ照れたような顔を向けた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み