最終章 回帰 - 謝罪(7)

文字数 757文字

               謝罪(7)


 それは以前、武井が署名し、岡島に手渡していた離婚届。

 優子の欄はまだ未記入で、それを手にした武井はそのまま、

 背を向けていた優子の方へ、顔だけを向けた。

 そして何事かを言い掛けるが、眼前にある優子の顔を見た途端、

 突然、何も言えなくなった。

 心が震え、その痺れるような感情に、
 
 声にした途端号泣してしまいそう。
 
 ――どうするの……?
 
 優子の不安げな顔が、まさにそう言っているようだった。

 さらに次の瞬間、フッと儚げに微笑んだのだ。

 悲しそうにも映るその微笑みに、

 彼はとうとう突き上げてくるものを抑え切れない。
 
 武井は思わず天を仰ぎ、離婚届を真っ二つに引き裂いた。

 続いて漏れ響いた武井の嗚咽は、

 彼以外の心にも、まこと緩やかに伝染していくようだった。

 それからは誰も語らず、愛や麻衣はもちろん、

 岡島でさえその目に涙を湛え、視線をあらぬ方に向けている。
 
 しかし、優子は泣いてなどいなかった。

 ただ穏やかな表情で、膝を抱え身体を震わす武井の背中に、

 ゆっくり手を差し伸べていく。

 するとその手が触れた途端、武井の身体がビクッと震え、

 勢いよく......その顔を上げたのだ。

 おもむろに背筋をピッと伸ばし、

 正面を見据え、

 彼は愛と麻衣に向け、いきなりの声を上げるのだった。

「お父さんのこと、本当に……申し訳ありませんでした! 」

 そう言って勢い良く頭を下げる武井に、

 愛と麻衣はただただ驚き、目を丸くして顔を見合わせる。 
 
 武井はなかなか頭を上げようとせず、

 いつまでもその背中を嗚咽と共に揺らし続けた。

 優子は武井のそんな姿に、

 やがて覆い被さるようにその背中を抱きしめていった。

 そうして初めて優子は唇を震わせ、

 悲しげな吐息を車内へと漏らし、響かせた。
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