第7章 はじまり - 誤算(3) 

文字数 1,109文字

                誤算(3)


「すみません、そこじゃダメなんですよ、もうちょっと左です! TLFスピ
 ーカーはまっすぐ音を運ぶんで、そこじゃ、場所を特定されちゃうんです
 よ」
 
 そう言って、見知らぬスタッフの1人が苦々しい顔を見せていた。

 言われた方は、その格好からして電気関係の業者なのだろう。

 見事にビニールシートのようなスピーカーを、

 家中の至るところへ隠し仕掛けているのだ。

 さらにそんなもののそばには、

 マイクの付いた集音器や、超小型ビデオカメラなども設置されていく。

 そう言えば、劇団の所有するビルに入っている企業には、

 すべて劇団の資本がかなり入っていて、

 それは見事に多種多様の業種に亘っているということだった。

 そうして工事が始まって2日目、

 ダイニングとリビングとの間に分厚い防音壁が設置され、

 リビングからその奥を垣間見ることさえできなくなっていた。

 そんな壁中央にある扉を開けると、

 まさに工事現場さながらの光景が現れるのだ。

 キッチン床下にある収納スペースからさらにその下を拡張し、

 そこから庭へ抜けるトンネルを掘る……。

「演者がね、そこに結構長い間入ってなきゃいけなくなるんで、それなりに快
 適にしないとってことなんですよ。でもって今回はそれがうちのやつなもん
 で、まあうるさいことうるさいこと……特にあいつはかなりの冷え性なもん
 ですから……」
 
 様子を見に現れた岡島が、

 連れ合いである愛から聞いた話しをそんなふうに打ち明けた。

 まだ朝晩は冷えるに決まっている。

 だからあれを用意しろ、こうでなければダメだなどと言って、

 愛はさんざん中津へ注文を付けたのだ。

 そうしてキッチンの床下に、個室寝台並のスペースと、

 手すり付き階段までついた抜け道が完成する。

 その抜け道から階段を上がり、キッチンの床に立てば、

 なんとその姿がダイニングにも現れる仕掛けまでが施されていた。

 それは、
 ダイニングルームの天井が、鏡張りであることを利用したトリックで、

 窓の外からの明かりによって、演者の姿がダイニングにも映し出される。

「でも、まあ仕方がないわよ……何たって一番大事なところだから、失敗は許
 されないしね……」
 
 岡島の呆れるような言葉に、

 中津が相変わらずのオネエ言葉で愛の弁護を口にした。

「ここはね、まさに一か八かってところなのよ。追い込まれた時の人間って、
 咄嗟に予想できないことしちゃうってあるでしょ? だから怖いのよ……
 ま、想定した6つのシーンどれかにハマってくれさえすれば、どうってこと
 ないんだけど……」
 
 しかしそんな中津の不安は、その当日見事に的中してしまう。
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