第7章 はじまり - 中津の混乱

文字数 910文字

                 中津の混乱


『どうしたんです!? もう1分遅れてますよ! 』

 耳奥に差し込まれた無線イヤフォンから、

 充分に分かり切っている問いが響き渡った。

 そんなことは言われなくても分かっているのだ。

 本来ならスイッチさえ捻れば、

 無線ですぐにセキュリティが解除され、

 無線機の赤いランプも同時に消え去るはずだった。

 ところがいくらやってもランプは消えず、中津は門の外で地団駄を踏んだ。

「どうして消えないの!? 技術班はどこにいるのよ!? 早くこっちに来さ
 せてよ! 」

『すみません! 次のシーンで無線トラブルがあって、たった今修理完了しま
 したから、今からそっちに向かわせます! 』

「次のシーンって、それ、加治さんのいる社長室のこと!? 」

 武井の会社からであれば、技術班の到着には優に30分は掛かってしまう。

 今この時、1分だって致命傷になりかねない。

 彼は悔しさまぎれに胸元のマイクに一言叫び、
 
 無線機を地面に向かって叩き付けた。

「この! 役立たず!! 」

 無線機がアスファルトの上を転がり、カラカラと乾き切った音を立てる。

 そんな音を聞いて初めて、中津は自分の行為の愚かさを知った。

 ――またやっちゃった!!

「お願い! 壊れないで! 」

 思わず声に出して彼は祈った。

 無線機が故障すれば、今すぐにでも警報音が鳴り響くかも知れない。

 ところがそんな祈りが通じたのか、

 アスファルトの上で赤いランプがフッと消える。

 ――え、壊れたの!?

 瞬時頭に浮かんだそんな疑問を、中津はすぐに捨て去った。

 もう予定より3分は遅れている。

 既に想定外の事態が起きているかも知れないのだ。

 彼は構うことなく門を通り抜け、一目散に玄関目指して走っていった。

 すると幸いあの無線機は、

 ちゃんとセキュリティを解除してくれていたらしい。

 チカチカと点滅する室外灯を目にすることなく、

 彼はまんまと玄関に到着してチャイムを鳴らす。

 予定通り用意しておいたキーを差し込み、

 モデルガンを構えて発砲音を響かせた。

 それは結構高価な特注品で、

 もちろん弾道は塞がれているのだが、

 本物以上にそれらしい銃声を響かせるのだった。
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