第5章 迷路 -  警官と少女(2) 

文字数 796文字

              警官と少女(2)


 よくよく見てみれば、まだ朝晩は冷え込むこの時期に、

 木綿地の上着1枚という格好をしている。

 髪の毛は明らかにベタついていて、

 何日も風呂に入っていないことがすぐに知れた。

 ふと、自分の小さい頃を思い浮かべるが、

 ここまでのみすぼらしさはなかったように思う。

 少女にはきっと母親がいないのだ。

 もしいたのだとしても、愛されてなどいないに違いない。

 そんな状況の中、今夜、
 
 ろくに働きもしない父親(あるいはろくでもない母親か?)に、
 
 女の子は酒を買ってくるよう言付けられる。

 そんな想像が浮かび上がった一瞬、
 
 彼はポケットにある釣り銭へと意識がいった。

 ところがすぐさま、

 ――ダメだダメだ! 

 ――これからいくら掛かるか分からないんだから!

 武井はそう強く感じて、

 店を出て行く少女の後ろ姿を、その目だけで見送った。

 そして残っていた日本酒を、何かを吹っ切るようにして一気に飲み干す。

 それから20分以上歩いて、

 彼はやっと目的地のスナックに到着した。

 その頃には、結構いい感じだった日本酒による酔いも醒め切っていて、

 武井は指定されたカウンターに腰掛け、

 生ビールと焼きそばの大盛りを注文する。

 そこはまさに場末のスナックという印象そのもので、

 本当にどうというところのない店なのだが、

 ママだけは平凡と言ってしまうにはあまりに若々しく美人だった。

 武井の行きつけだったクラブでも、
 
 黙って座っている分には充分通用するだろう。

 もったいない……。

 そんなことを考えながら、彼はしばしママの動きを見つめていた。

 しかし焼きそばが目の前に差し出された途端、

 ママのことも生ビールの存在も忘れ去って、

 彼はただ焼きそばを食らうことのみに集中する。

 そして早々に平らげ、

 やっと腹が満たされた武井へと、

 強烈なる睡魔が雪崩のように襲い掛かった。
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