第4章 危機 -  中津道夫(2) 

文字数 964文字

              中津道夫(2)


「ちょっと待ってくださいよ、武井さん、これは殺人事件なんですぜ! 冗談
 をおっしゃっている場合じゃないんですよ! 」

 もちろん武井とて、冗談を言ったつもりなど毛頭なかった。
 
 だからすぐにそう言い返したかったが、
 
 あまりの語気の強さに言葉にさえならない。

 どうしよう? 
 
 きっとそんな動揺が顔に表れていたのだろう。

 まさにここぞとばかりに、中津がたたみかけるように声を荒げた。

「飯倉薫だあ!? この女性の名前は飯田良子ってんだ! 2人でパーティー
 会場を抜け出して酒まで飲んでおいて、名前を知らないなんてのが通ると思
 ってるのか!? 冗談じゃない! 」

 ――飯田良子だって!?

 心ではそうは叫んでみたものの、

 あまりの驚きに、やはり言葉にはならなかった。

 ――違う! 確かに彼女は自分の口から、飯倉薫と名乗ったんだ!
 
 口には出せないままそう思う武井へ、

 中津はこれまで以上の真剣な顔付きで、驚きの内容を語り始めた。

「彼女はね、一昨日の深夜、池袋にあるマンションの一室で、死体となって発
 見されたんですよ! それだけじゃない。どんな奇跡が起きようとも、あな
 たがこの件で無関係でありようがないんだ!」

「違う! 俺は関係ないんだ! 本当だ! 信じてくださいよ! 」

「じゃあ正直に話してくださいよ。このままだと重要参考人として、署までご
 同行願わねばならなくなる……」

 その言葉で、武井は完全にノックアウトだった。

 彼女が最早生きていないだろうとは、武井だって充分感じてはいたのだ。

 さらにここひと月続くおかしな出来事に、彼は恐れ慄き、混乱もしていた。
 
 そんな恐怖の根っことなる女性が殺害され、

 ひと月以上も放置された後、一昨日......発見された? 

 そんな事実を聞かされ、もう普通にしていろという方が無理だった。

 見る見る口の中がカラカラになって、

 喉元が小刻みに震えてグウグウと音を立てた。

 身体の重みが一気に消え去ったように、

 ふわふわと浮かび上がりそうな感じさえするのだ。

 ところが中津はそれから、さらなる衝撃の事実を次々と言葉にしていった。
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