第6章 反撃 - 追跡(3) 

文字数 1,143文字

              追跡(3)


 武井はそこでやっと、自分の取るべき道筋を決めた。

 扉の奥にいる人物が、万が一にも美咲であるはずがない。

 だからそんな誰かに賭けるより、

 男の行方を追う方が確実に、〝あいつ〟に近付けるような気がしたのだ。

 もちろん男の正体について、多少の不安がないわけではない。

 最悪、殺し屋かも知れないし、

 武井の尾行など、あっと言う間に見破ってしまう可能性だってあった。

 それでも、その小さい体つきのお陰か、

 それほどの恐ろしさを感じることなく、

 武井は男を追って非常階段を駆け下りていった。

 1階エントランスに辿り着くと、

 男が自動ドアの向こう側で、タクシーに乗り込むところが目に入る。

 参った! 
 
 まさにそんな感じだった。
 
 タクシーに乗込む。

 充分に予想できるそんなことを、

 彼はまったくもって想像していなかったのだ。

 愕然とするままマンション前に立って、

 武井は走り去るタクシーをしばし見つめた。

 ――戻ろう! 戻って部屋にいた女を問いつめるんだ!

 そうするしかないと心を決めた時、

 いきなり車のクラクションが後方から響き渡った。

 驚いて振り返ると、道のど真ん中に立つ彼のすぐ後ろに、
 いつの間にか1台のタクシーが停まっている。

 武井はそんな事実を知ってすぐ、なぜか今一度前を向いた。

 するとさっきの男のタクシーが、先の信号で停車しているのが目に入る。

 武井は背後のタクシーに駆け寄り、迷うことなく後部座席の窓を叩いた。

「すみません、今、持ち合わせがないんですが、乗せてもらうわけにはいきま
 せんか? お願いです! 後で必ず払いますから……」

 開かれたドアの中へ顔だけを突っ込み、武井は精一杯の懇願を見せる。

「どちらまで……行かれますか? 」

「あそこで信号待ちしているタクシー、あれに付いて行って欲しいんです
 が……」
 
 ――ダメでしょうか!? 

 縋り付くような顔を見せ、武井は運転席へとそう言った。

 すると運転手は前方を見つめたまま、

 左手をゆっくりと掲げ、親指だけを後部座席へと向ける。

 それはまさに、〝乗って〟と告げているように武井には見えた。

 だから彼はさっさとタクシーに乗り込み、

 運転手の方も文句を言うことなく、

 そのままドアを閉めてゆっくりと走り出すのだった。

「今これしかなくて……後から必ずお返しに上がりますから……」

 武井は申し訳なさそうにそう言って、

 くしゃくしゃの千円札を料金受けに置いた。

 そこで初めて、運転手がバックミラー越しに武井を見据え、

「初めて、口を開きましたね……」

 そうポツリと呟く。

 武井はバックミラーに映る顔に、見覚えなどまるでなかった。

 しかしその運転手は確かに、何度となく武井を乗せて走っていたのである。
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