第9章 喪失 - 焦げた鎖(2)〜夢から覚めて

文字数 958文字

             焦げた鎖(2)



 その塀際には数本の桜の木が並び植えられていて、

 武井はそんな桜の木の1本へと近付き、

 真っ黒な椅子を手の届きそうな枝の下に置いた。

 そして椅子の上にゆっくりと両足で立ち、

 さらに手を伸ばして手にあったチェーンを頭上の枝に引っ掛ける。

 そこで彼は、チェーンの端と端を繋いで輪っかを作り、

 懸命に背伸びをしながら、己の首をその中へと差し入れた。

 その次の瞬間、武井は何事かを呟き、

 いきなり足元の椅子を蹴り倒そうとする。

 ところがいくら力を込めても、椅子はなかなか倒れてはくれなかった。

 その首に巻き付いた鎖のせいで、

 足先の椅子を見ることさえできないのだ。

 ――もはや、死ぬことさえ……思うようにならない!?

 そんな悔しい思いが一気に込み上げてきて、

 武井はとうとうポロポロと涙を流し始める。

 土砂降りの雨の中、彼は嗚咽を漏らしながら、

 何度も何度も同じ動作を繰り返すのだった。

「優子! 優子! 」

 しまいにはなぜか妻であった女の名を呼び、

 彼は椅子を見ぬまま足だけを動かし続ける。

 そしてやっと、少しだけ椅子が傾きかけた時……、

「こんなの、わたしの筋書きにはないのよ、だから、ごめんなさい! 」

 そんな声が聞こえて、腹に突然、衝撃が走った。


                 

              夢から覚めて

 
 ――夢……?

 ふとそんなことを思ったが、

 武井はすぐに、そうではないと知る。

 そこは自宅ソファーの上だった。

 彼はほんの一時ではあったが、

 夢だったという思いに、天にも昇る気分になった。

 ところがいざ立ち上がろうとすると、腹にもの凄い痛みを感じる。

 腹を押さえて下を向こうとするが、

 首が思うように動いてはくれなかった。

 ――やっぱり!? あれは実際に……あったのか……? 

 咄嗟に己の身体に手を触れてみる。

 するといつもと同じスウエットの感触。

 びしょ濡れだったはずの髪の毛も、

 ちゃんと撫で付けられて、なんと整髪料の匂いまでがする。

 彼は腹の痛みに耐えつつ立ち上がり、

 最後の記憶では......血塗れになっていたダイニングへと向かった。

 そうしてすぐに、夢だったなんては紛れもない勘違いだと、

 彼は取り戻しようもない......現実を知ることになる。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み