第8章 収束 - さらなる狂い(2)

文字数 870文字

             さらなる狂い(2)


「本当に強力なんですね。もう完全に、意識、なくなってますよ……」

 武井が倒れ込んだ機内で、

 愛が酸素マスクを口元に当てて、驚きの声を上げていた。

「これから400キロ飛んで、予定通り岩手に作ったセットに降ろすからな。
 降ろしてから20秒で爆発だってことを、忘れないようにしてくれよ」
 
 やはり酸素マスク越しの聞き取り難い声で、

 操縦士がそんなことを言って返した。
 
 その後、武井が森から這い出た後、偶然のように現れた農家の軽トラや、

 タクシーも皆手配されていたものだった。

 だから彼は露程にも、岩手のような遠くにいただなんて思わない。

 そして今回、再び眠らされ、知らぬ間にワゴン車で運ばれた武井も、

 土地の者でさえ忘れ去った山奥に寝かされ、

 夜明け近くまで目覚めなかった。

「いつ気付くかな? 」

「行くとこまで行くだろう? 目の前の断崖絶壁を見て初めて、引き返すって
 ところかな……」

「でも、もし道標の跡を見つけたら? 下山の分かれ道に気が付いちゃうか
 も? 」

「ちゃんと穴は埋めてあるし、上手く隠したから大丈夫だよ……それに万が一
 そうなったって、また夜まで眠らせることになってるし……確か、3つ目の
 台本だっけ? 」
 
 ハイカーに扮したふたりの劇団員が、

 小さくなっていく武井の背中をジッと見つめていた。

 その手にはGPS端末が握られていて、

 武井の位置が赤い点滅によって示されている。

 ふたりは前日に隠した2つの道標を、断崖絶壁へと進む武井の後をつけ、

 きちんと元通りに戻していった。

 ところがそんな作業の途中、

 まだ二十歳そこそこであろう女の方がふざけて、

 わざと枝葉を大きく揺らしながら歩き始めた。

「おい! 止めろって! そんなことをするなんて台本にはないぞ! 」

「大丈夫よお、ほら見てよ、怖がってる怖がってる! 」

 木々の間から小さく見える武井は、何度も後ろを振り返り、

 とうとう裸足のまま走り出した。

 それを見た女は、突然咆哮のごとき叫び声を上げ、

 ゲラゲラと大声で笑い出すのであった。
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