第7章 はじまり - 誤算(2)

文字数 1,183文字

                  誤算(2)


「しばらくここにいて、会社へのルートだったら決行だ。違うようなら、明日
 に延期する……」
 
 助手席の男がそう言って、

 ナビゲーション画面をじっと見つめた。

 そこには、2人の乗る車を指し示す矢印の他に、
 
 赤く点滅する点がもう1つある。

 それが武井の車の位置を示し、

 このまま武井商店本社へのルートに進めば、
 
 予定通り決行ということだった。
 
 武井の車が走り去った後、そこには呆然と立ち尽くす柴多と、
 
 その隣には、妻であろう女性の姿があった。

 彼はそんな2人の姿が消え去ってからやっと、

 武井が会社に向かったことを確信する。

 車に仕掛けたGPSからの電波が、明らかに会社へのルートに乗ったのだ。

「さあこれで決まりだ。追い掛けるぞ!」

「待ってました! さあ飛ばしますよ、しっかりつかまっててください」

 助手席の男の一言に、ハンドルを握る若者が張りのある声で返した。

 それから僅か15分後、

 2人が乗るアメ車は、見事武井の車を背にして走っていた。

「あの信号が赤になれば、その先左に曲がってすぐにやります。スピードは出
 ても20キロせいぜいですが、それでもちゃんと頭を両手で抱えて、足を踏
 みしめててくださいよ」
 
 ハンドルの男がそう口にした途端、前の信号が青から黄色へと変わる。

 大したスピードの出ていない車は、

 ほんの少しのブレーキングでスッと停まった。

 ところがひと呼吸置いて、まるで予想していない衝撃が2人を襲う。

 どうして!? 

 微かにそんなことを思った瞬間、ほんの一瞬だけフッと意識が遠のいた。

 続いて、車内で身体を揺らす男の目に、

 電信柱に突っ込んでいく何かが映る。

 本当であれば、信号が青になって走り出してすぐに、

 ブレーキを1回だけ踏み込む予定だった。

 その結果が完全に停車していようがいまいが、

 走り出してすぐの車が追突して来ても、大した衝撃ではないはずだった。

 ところが赤信号で停車してすぐに、

 武井はノーブレーキでアメ車へと突っ込んできた。

 もちろんアメ車のサイドブレーキはきちんと引かれており、

 その追突スピードからして、彼らへの衝撃は結構なものとなる。

 ――とにかく救急車だ……くそっ、参ったなあ……。

 そう呟いた男は首を押さえて、その顔は大きく歪んでさも苦しげだった。

 そして彼らは車内から調査資料一式を盗み出し、

 準備させていた偽の救急車へ計画の中止を伝える。

 撤去班の到着を待ってから本物の救急車を呼んで、

 そのサイレンが聞こえてきた頃には、

 アメ車の痕跡はものの見事に消え去っていた。

 当然武井の入院は2、3日どころではなくなり、

 その場にいたスタッフ2人も、

 それ以降結構な後遺症に悩まされることになっていた。

 とにもかくにも、

 そんな武井の入院によって、

 屋敷の工事は始まったのだ。
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