第9章 喪失 - 別荘〜新たなる真実(4)

文字数 1,261文字

              別荘〜新たなる真実(4)
 

 武井が大好きだった父、武井信二(旧姓飯田)は、

 さんざん借金を重ねた挙げ句、良子と離婚。

 その後、住んでいたアパートでも家賃を溜めるだけ溜めて、

 女と失踪してしまっていた。

 だから良子があのアパートへ行ったのは、不動産屋に泣きつかれ、

 溜まった家賃の清算を兼ねてのことだった。

 それから数年後、信二は留守中、祖父母の屋敷に忍び込み、

 通帳印鑑から家の権利証までを盗み出してしまう。

 祖父母が気が付いた時には、

 屋敷は莫大な借金の形に人手に渡っているのだった。

「だけどなあ、あっという間に使い果たすんだよ……借金返したって、結構な
 現金が手元に残ったはずなのに、また2、3年で空っ穴になって、突然お袋
 さんのパート先に現れたんだそうだ。そこからの詳しいことはよく分からん
 が、とにかく親父さんの方は死んで、お袋さんはなんとか助かった……これ
 が、本当の話なんだよ」

「葬式は……? 葬式はどうして? 」

「そんなことは分からんよ。少なくともその頃はもう、お袋さんにとっては赤
 の他人だし、酷いことされたんだ。葬式なんて知ったこっちゃないだろ
 う? それにおまえだって昔言ってたじゃないか……いくら調査させても、
 墓がどうなっているのかさえ分からないってな……」 
 
 そう言ってから岡島は、最後に衝撃の一言を付け加え、

 その後は何も語らず、ただじっと武井の姿を見つめていた。

 あの日、中学生だった武井が霊安室へと連れ行かれたのは、

 そこにいたのが実の父親だったからか。

 そしてもし、祖父の到着が後数秒でも遅かったなら、

 彼は実の父親の遺体を目の当りにすることになったのか? 

 けれど対面は果たされず、真実を知らぬままの武井へ、

 母良子はおろか、祖父母も敢えて何も告げようとはしなかった。

 だから彼は勝手に、破産後一切現れなくなった遠縁の男のことを、

 良子の浮気相手だと思うようになっていった。

 確かに、信二は彼が小さい頃、めったに家にいなかった。

 だからこそたまに顔を見せてくれると嬉しくて、

 彼はいつも信二につきまとって離れない。

 しかしそんな父親の姿は偽りで、

 さらに、岡島が告げていた最後の一言……。

 ――おまえの、本当の母親はあの人じゃない!

 父親が、どこかの女に生ませた子だと、岡島は確かにそう言った。

 衝撃だった。

 あまりにその衝撃が強過ぎて、

 まるっきり嘘だなんて思えないくらいだった。

 そして、すぐに思い浮かんだ。 

 ――それでも懸命に働いて、

 ――俺を……大学まで出してくれたのか……こんな俺を……。

「母さん……」

 ふとそんな言葉が声となり、

 心の中では、

 なぜか優子の笑顔が浮かんでいた。

 そしてその声を待っていたかのように、

 ワゴン車の走り去るエンジン音が響き渡る。

 しかし武井はワゴン車にはまるで意識及ばず、

 さらに焼け跡ぎりぎりまで近付いていくのだった。

 身体が焼けるように熱かったが、彼はそれでもテラスのあった辺り、

 焼け焦げた残骸の上に立った。
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