第157話

文字数 681文字

 ホテルのロビーのような空間にいる。調度品が暗い色調で、鏡もある。
 母と私と二人でいて、母は間仕切りの向こう側にいる。

 そこへ、誰か知らない女性が入ってきて、なごやかに三人で話す。
 母は間仕切り越しに。

 ただし、その入ってきた人が、全裸なのだ。

 ということは、ここは浴場であるらしい。
 見えないけれど母もちゃんと全裸らしく、それならなぜ、私ひとり着衣なのか。

 母が、早く見つかるといいですね、とその人に声をかける。すると彼女はおだやかな笑顔で、きわめてさりげなく答える。
 ああ、だめでした。
 いま下にいますので、会ってやってください。

 そこで私は初めて、彼女が私の友だちのお母さんで、その子もふくめた何人かが数時間前から行方不明で、何かのまちがいだろうと私は楽観していたのに、やはり全員、竜巻に、いや竜にさらわれて谷底に落とされてしまっていたのだということを一気に悟り、がくぜんとする。
 そんな。もうすぐ帰ってくると思ってました。
 いえ、だめでした。

 私は泣きそうになってそのお母さんを胸に抱きしめると、彼女は湯上がりの全裸で濡れているから、私の服の胸に水のしみが広がっていく。
 なぜ私は友人たちが帰ってくると信じて、のほほんとしていられたのだろう。こうして抱きしめているあいだにもむき出しの赤土の崖、ドラゴンフルーツが生い茂っている下に、彼らの体が無惨にも叩きつけられているようすが、フラッシュのように脳裏にひらめくというのに。
 さっきまで収録は順調で、みんななごやかに讃美歌を歌っていたのに。
 とほうにくれる。

 母は最後まで、間仕切りの向こうから出てこない。

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