第55話

文字数 1,346文字

 長い夢の一部。
 すばらしい図書館のような館に泊まっている。大きな部屋のあちこちにカウンターや長椅子が置かれて、みんな思い思いに本を読んでいる。
 
 私は何か洋書を見つけ、あ、これ、ずっと読みたかった本だと思い、片隅に持って行って開くけれど、ずっと読みたかった本がやっと読めるという喜びだけで、なかなか進まない。
 内容はファンタジーで、子どもたちを救う話らしい。題名は
『(なにか難しい数式)+1次元の世界にて』
 数式がわからなかったから正確には思い出せない。
 
 著者近影を見ると、白髭をたらした恰幅のいい白人男性で、その人が、緑の草原をぶらぶら歩いていくのが見える。写真なのに。
 
 ちっとも読み進められないので、あきらめて返そうとしてカウンターに持っていくと、そのカウンターはバーカウンターで後ろにお酒の瓶が並んでいて、でも立っているのは司書らしい人で、ブレザーを着た大柄な白人女性(誰)。
 黙ってその本を私の手に載せ、目顔で、持っていきなさいと言ってくれる。
 
 本を抱えて広間に戻ると、床が黒光りする古民家のよう。
 そこに仔犬が走ってくる。柴らしい。
 抱き上げていいものかためらっていると、仔犬のほうも一瞬ためらったあと、ぴょんと飛びついてくる。もうたまらなく可愛くて、抱き上げる。
 抱えていた本はいつのまにか消えている。
 
 すると一家のお父さんと息子さん二人が現れ、お兄ちゃんも弟くんも十代くらい。仔犬は今度は彼らのほうに走っていって飛びついている。
 ここは渡辺鉄太さんのお宅で、私は招かれて泊めていただいていて、仔犬はここの飼い犬だったのだ。そしてお父さんはまちがいなく鉄太さんなのだけれども、息子さんたちもまた、若い鉄太くんと光哉くんなのだった。
 仔犬の名を訊くと、光太だという。亡くなった末の弟さんの名だと気づいて、泣きそうになる。
 
 壁に手作りの本を飾るコーナーが作ってあり、手に取ると布貼りで、黒か濃紺の小さな窓がついていて、それをぱたぱたと開閉できたりして楽しい。中に書いてあるのは詩のよう。
 
 なぜかここでふいに、建物を外から見ている視点になって、夕焼けで紫に染まった曲線の外壁が、魚眼レンズでさらに強調されたような映像。写真集の表紙のよう。
 もしかしたら、渡辺一家も仔犬も私も、写真集の中にいるのかもしれない、とうっすら思いながら、それはそれとして、夕陽に照らされた庭に向かう。これからプールサイドでバーベキューらしい……
 
 プールサイドでバーベキューって。
 起きてから、自分のなかの「オーストラリア」のイメージがあまりに陳腐で、笑ってしまった。コアラが出てこなかっただけましかな。


※翻訳家で児童文学者の故・渡辺茂男先生が世に出されたたくさんの本に、私は育ててもらいました。ご子息の鉄太先生(同じく翻訳家で児童文学者)に初めてお目にかかれて感激した頃に見た、これは夢です。
鉄太先生はシドニー在住で、日本に一時帰国されていて、私はレクチャーを聞きにうかがっただけです。ずうずうしくサインをおねだりしたら快諾してくださって、私はほとんどお家に招いていただいたくらい舞い上がって、この夢を見たのだと思います。でもシドニーを知らないからプールサイドでバーベキューになっちゃいました。

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