第146話

文字数 877文字

 巨大な階段教室で授業を受けている。下から見上げると断崖絶壁のような急勾配。
 ところどころ蔦がからまり、屋外の砂岩の階段のようでもある。

 そこで何の授業かというと、カノンだ。
 カノンだから、配られたA3のプリントの楽譜に沿って、階段を一段ずつ降りてくる。
 誰が?

 私は見上げているのに、降りてくるのも私のようだ。

 楽譜に小節線はなく、白玉(二分音符)と黒玉(四分音符)で書かれていて、ラーソファミレドレラ、というような単純な出だしなのだが、単純なのは出だしだけで、そのあとは難しすぎて私には理解できない。
 私は一年生らしい。

 最下段の教壇にある黒いピアノで、テーマを右手、反転を左手でちょっと弾く。
 同じ教室に、ちぢれた黒髪の上級生(誰)がいて、彼は私のへたな演奏なんて聞いたら自分が弾かずにいられずに寄ってくる人であることを、私は知っている。

 あんのじょう彼はやってきて、さりげなく弾き出す。カノンを即興でちょっと発展させていて、さすがだ。ひょろ長い脚の、片膝を立てたへんな姿勢で、さらさらと弾いてみせて、こんなものかなとつぶやきながら(何語?)椅子から降り、こちらへ歩いてくる。
 待ち受ける私のほうがなぜか得意顔。

 彼がそばまで来ると、私はまず、すごかったね、などと褒めておいて、引っかかった引っかかったとからかい出す。弾いてって言っても弾いてくれないから(私がわざとへたに弾いてみせて誘ったんだもんね)、と言う。
 ちぢれ髪の彼は「やったな」とばかりに私を小突いてくるが、私がわざとでも何でもなく本当にへたなのも、自分に弾かせようとして小細工をしたのも、彼はみんなわかっていて、乗ってくれているのだ。
 本当に素敵な人なんだけど、誰。

 いつのまにか私たちはジャングルジムのような鉄の遊具にぶら下がって、子どもみたいに軽く蹴りあいながらふざけている。

 空はうっすらとかげり始めて、日が落ちてきたのかもしれない。それとも、さっきのカノンの楽譜が広がって、町を覆い、その紙を透いて光が洩れてくるのかもしれない。


※最後の段落は、起きてすぐ書いたメモのままです。

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