第123話

文字数 951文字

 私は陶芸家の卵であるらしい。
 いろいろつめこんだリュックを背負って、電車に乗っている。

 車両のなかはほとんどが、コンパートメントというのか、向かい合わせの席で、横並びの座席は二、三席しかない。
 私はわざわざその横並びのほうに小さく座っている。
 コンパートメントのほうはみな暖かく日が差して、張られた布の色も茶系の暖色なのに、私のいる側は椅子も灰色で、陰になっていて寒々しい。涼しいともいえる。

 降りる駅が来て、私はなぜかリュックから焼き物の人形を一つ取りだし、それは博多人形をもっと素朴にしたような、素焼きに淡く色をつけた人形で、ほんのり微笑んでいて、男だか女だか若いのか年寄りかわからないけれども、微笑んでいることだけはたしかで、私の作であるらしい。
 私はそれをわざわざリュックの外ポケットに入れ、それとごく小さな四角い紙包みもいっしょにポケットに入れて、ほっとして列車の停まるのを待っている。
 この小さな紙包みの中には何か大切な粉が入っていて、「粉こざん」という(こざんの字はわからない)。
 それを持っているので私はひじょうに安心していて、あとは電車が停まるのを待つばかりなのだ。

 電車が停まって、駅名の放送があり、ひなびた駅舎の屋根をくぐると、すぐ目の前が明るい白樺の林のような、それは小さい駅で、私は降りる。
 改札はなくて、私は例の人形をポケットから取り出したら、「粉こざん」がない。

 あわててポケットのすみからすみまで手を入れてさぐるけれども、やはりない。
 あんなに確かにポケットの中に入れたのに、どうしてないのかわからない。

 どうしよう、粉こざんがない、

 と、はっきり頭の中で叫んでいる。

 他の客たちがつぎつぎと私の横を通っていくけれど、私は動けない。あれがないと、あれがないと、という自分の声が頭の中にこだまする。あれがないと何なのかわからないけれども。

 集中して思い出そうとすると、紙包みに書かれた文字が、「粉」の下は「小」「椒」だった気がしてきた。山椒だったのだろうか。「小椒」では「こざん」とは読まないけれど。

 駅舎の前に広がる白樺の林は、白い幹も美しいけれど、幹と幹のあいだの細かな葉が色づきはじめていて、透きとおって明るくちらちら輝いている。

 私はひとり、ぼうっと立っている。

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