第49話

文字数 1,075文字

 その続き。
 一人歩いていくと、深い熱帯雨林の、木かげに黒い土がむき出しになっている場所に出る。
 また人が集まっている。今度は女の人ばかりで、合奏をしているらしい。
 みんなアフリカ人らしい濃い肌に原色の服を合わせている。
 
 一人の女性が調理台の上で、金属や木や水牛の角を薄く削ってつくったレードル(おたま)を何本も左手で重ね持ち、それを即興的に右手のばちでこすっていくだけで、すばらしく気持ちのよい音楽をつくりだしていくので、
 私は心底感心して、聞き入る。
 
 手前のほうでは別の女性が、やはり調理台の上に、これは色とりどりの太めの紐をばらりと並べ、それを真剣なおももちで素手で叩いていくと、音量はかすかながら、これまたみごとなマリンバのような音がする。
 私、ますます感心しながら、
(いや、紐でマリンバは無理だろう)
と気づきかけてしまうのだけれども、
 なにしろ音が美しいし紐の色も美しいので、それ以上気づきたくなく、そのまま通りすぎる。
 
 こちらでは大木の根かたでやはり濃い肌色の若い母親が、甲高い声で小さな男の子を叱っている。どうして宿題やってこなかったの。先生がそばにいて、お母さんはその手前いっしょけんめい声を大きくしているのだ。
 男の子はこざっぱりした白い半袖のシャツに、グレーの半ズボンできちんとした身なり。宿題は『ピーターとおおかみ』の曲を聞いて、そして何かすることだったらしい。
 先生のほうがこまりはてて、救いを求めるように私をちらと見る。大きな目、豊かにうねる髪で、私が小学生のころお絵描きを習っていたユウコ先生だと気づく。
 
 私も茶目っ気を出して、木の根かたの湿った土に足を投げ出して座り、男の子に聞こえるように、
 私も『ピーターとおおかみ』聞いたよ、あのおおかみ、一つひみつがあるんだけど気がついた?
 と言ってみる。
 本当は秘密なんてないのだが、べそをかいている少年の気を引けるなら何でもいいのだ。
 
 アフリカの少年、きゅうに目を輝かし、ぐるっと根っこをよけて走ってきて、はにかみながら私の耳に
 だって(おおかみは)沢田研二だよね!
 と小さく叫ぶ。
 
 さすがにこれは想定外だったけれど、
 
 私も、そう、そのとおり!と叫び、笑いながら若いお母さんに、
 この坊っちゃん大物になりますよ、
 などと言う。
 場がなごみ、みな破顔一笑、男の子もうってかわって熱心に絵本をのぞきこみながら、母親になにごとか語りだしている。
 
 私一人が、自分のしかけた、このちょっとうすら寒い幸せ感に嫌気がさして、また離れる。
 
 それにしても、沢田研二はよかった。

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