第120話

文字数 438文字

 淡い藍に墨をとかしたような、吹き抜けの空間。白木の角材を正三角形に組んだのを重ねあげて、大きな繭形のドームになっている。これが駅舎であるらしい。
 中央に丸い花壇があって、けれども花はなく、霜枯れている。

 私はここに着いたばかりで、キャリーケースを引いて歩き出す。
 立った繭の形に閉じていたはずのドームが、途切れなく、私の行く手をずっと覆っていて、淡いブルーブラックの闇が続く。おかげで寒くはない。

 私が歩き、やがて一軒の木組みの宿にたどり着き、そこの黒い石のマントルピースの横に薄いペーパーバックの洋書を見つけるまでのことが、
 そのとおりそのペーパーバックに書かれてある。

 私は面白くなって、部屋を飛び出してそこにいた人をつかまえ、いまのてんまつを話すのだけれど、その相手もまたキャリーケースを引いてこの宿に着いたばかりで、

 つまりは、彼の物語を、はじめからここにいた私が本の中に読んでいたわけなのだ。

 いま彼と言ったけれど、じつはその人も、私自身も、性別がはっきりしない。

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