第112話

文字数 750文字

 十五日ぶりに夢。
 教え子たちが、私の実家に集まって、合宿をしている。一階の居間だ。

 廊下が無機質に長く、すでに実家ではないのだけれど、その廊下を見やってからふりかえると、居間も床が黒いリノリウム張りの稽古場に変わっていて、暗幕やピアノまである。
 そこで学生たちは長机を並べて、ただ、所在なくしている。
 あまりにふがいないので、台所へ行ってみると、そこはやはり実家で、一人が大きなボウルに小麦粉を溶いてかき混ぜている。キャベツの切れはしもあるから、お好み焼きを作ろうとしているらしい。だけどとうていあの人数に足りそうにない。
 
 やることなすことふがいないので、私、いらいらして、ちょっと声を荒らげて、
「ねえ一人にみんなやらせていていいの?」
というようなことを言うと、かえってしんとしてしまって収拾がつかない。
 ほとほと嫌になり、もう一度台所をのぞくと誰もいない。
 居間をのぞくと居間にも誰もいない。

 はきだし窓の、ガラスの引き戸を開けると、せまい庭にみんな出て、なかよくバドミントンなどしている。ひじょうに和気あいあい。

 ばかばかしいやら、ほっとするやらで、返事をさせるつもりで「雨は降ってる?」と訊く。
 みんな遠慮がちに目を見合わせて、誰も答えない。
 私、もう一度「雨は、降ってる?」とやや大声で訊いて、訊きながら、空中に灰色の細いすだれのように雨脚がはっきり走っているのを見る。

 若い人たちが笑っている。
 彼らが笑っているなら、もういいや、と思う。
 雨に濡れてしまうのが気がかりだけれど、みんな頓着(とんちゃく)せず、楽しげにバドミントンだか卓球だかを続けている。バドミントンと卓球ではだいぶ違うけれど、いまとなってはどちらだったか思い出せない。

 でも、彼らが笑っていたのなら、もう何もかもそれでよかったのだ。

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