第20話

文字数 1,077文字

 今朝の夢。
 展覧会場。
 つるつるの白い床。灰色がかっているのは歩く私たちの影が映りこんでいるからだ。
 たくさんのガラスケース。そのあいだを歩く私たち。

 アクセサリーの展覧会らしく、ごく小さな繊細なものがたくさん飾られている。
 例えば、指の爪ほどの大きさの、薄紫のすりガラスの彫刻。
 花かと思ってよく見ると、人の横顔だ。しかも小さく口を開けて、歌っているか、誰かを呼んでいるかのようだ。よくできている。

 母の呼ぶ声がして、

 そばまで行くと、母は「これにするわ」と誇らしげに言って、土台となる金属の板を私に見せる。板は真鍮だろうか、緑がかった暗い金色で、手帳くらいの大きさ。
 もう風景がうっすら彫ってある。
 街角。なにかの店先を上から見下ろした構図。縞のひさしがあってヨーロッパ風。

 ブローチにするには大きすぎないかな?
 と思ったとたん、板が縮む。
 同時に、図柄が下から見上げた構図に変わる。
 まるで私が鳥で、空中から地上に降りてきて、それで風景の見えかたが変わったような。

 小さな金貨も母は私に見せる。本物の金貨。これを打ちつけて嵌めこむのよと母が言う。
 古い金貨。とても小さい。
 薄いから大丈夫と母が言う。そういうやりかたがあるのよと自信満々に言う。クレール、という金貨だそうだ。クレール。

 金貨だけペンダントにしてもいいけれど、ありきたりかもしれない。私も、そのデザインに賛成した。
 母はそれを展覧会に出して、そのあと私にくれるつもりらしい。
 私は、本当は、さっきの薄紫のガラスのようなのがよかったのだけど、金貨も悪くないかも、と思って、母の手もとを見る。
 金貨を踏みつけにして薄くのばして、嵌めこむのよ、と母。
 踏みつけ?

 金貨とはいえ、踏みつけにするなんて、痛々しい気がするけれど、母は平気だ。良いデザインを選んだので喜んでいる。色の白い人だから、少し上気して美しい。決めた、と言っている。ね、いいでしょう、と言っている。

 台板を見ると、
 やたい
 などとひらがなでマジックで書きこんであって、私、笑ってしまう。
 でも彫金していくと消えてしまうからいいのか。

 この台板をレジへ持っていって、お会計をするらしい。
 母がレジへ向かう前に、私、もう一度その板をのぞきこむと、下のほうの、草むらの陰の側溝の中で、何やら一瞬動く。
 細く立ったしっぽが揺れた。猫かもしれない。
 出ておいで、と声をかける。しっぽをなでてあげたいのだけど、金属板の中の猫だからさわれない。

 うちの母は彫金などしたことはない。
 クレールなどという金貨、本当にあるのか。
 たぶんない。

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