第98話
文字数 1,629文字
長い夢。森林地帯に住んでいる。または寄宿している。
その家にはきょうだいがいて、どちらも私ではないらしい。
妹と姉がこじれている。
よく聞いてみると、妹はお姉ちゃんが好きで好きで、いまは何か病気になっているので、足手まといな自分がふがいないらしい。
姉は姉で、そんな妹に何もしてやれない自分を責め、妹から「私にかまわないで行って」と言われたのを、嫌われたのだと思って絶望し、本当に出ていこうとしている。
それを知って妹が泣きはじめる。
妹に姉の真心が伝わったのだから、じきに解決するだろうと安心して、私が家を出る。
いい話なのだから、こじれるのはよくない。
樹木の多い地帯特有の、木端 が土に混じって湿りながら、まだ腐る前の、木の香りがするしっとりした道を踏んで歩く。
山の中の道の駅のような所にいて、古い杭はあるし、足もとには刈られた笹の株へ清水が流れているから、気をつけて歩かなくてはならない。
このあたりから真澄さんがいる。
いるけれども、彼はもう帰る時間で、いそがなくてはならないのに、あと少し、あと少しと私が引き止めている。
建物の中でおいしいパンを売っていたから、見てきたら? と真澄さんが言う。
真澄さんの帰り時間を気にしなから見に行くと、本当においしそうな手作りパンが、傾斜をつけた木の台にのせて売られていて、まん中にあるドライフルーツを刻んで入れた平たいバゲットはとくにおいしそうだ。
とても優しい売り子のふくよかな女の人(彼女が焼いているのだろうか)が、もう店じまいで半額にするから、好きなだけ持っていって、と、にこにこ言う。
それなら遠慮なく、と私、嬉しく自分のリュックに詰めはじめるのだけど、本当にあれもこれもになってしまう。
お会計が九八〇円。
そのくらいならと安心して、財布を取り出したら、ふくらんでいて、五百円札がぎっしり入っている。それも大きさが違ったりして、何だろうこれ。とうてい通用するとは思えない。
二枚引き出してみたものの、あなたがたに迷惑がかかるといけないからやめるね、などと私、おためごかしに言って引っこめる、その自分のわざとらしさに鼻白む。
売り子の女の人はけげんな顔をしている。そもそも五百円札を見たことがない世代なのだ。
すると、かたわらにあの森の家の妹ちゃんがいて、私の小銭入れから五百円玉を拾い出して、二枚、台に置いてくれる。
私、ほっとして、「小銭を持っておいてよかった」と声に出して言う。
妹ちゃん、病気なおったのだろうか。
ふりかえると真澄さんがさっきの古い杭に腰かけ、これもレトロな紙パックの乳飲料をストローで飲んでいて(真澄さんは乳飲料は飲まないし、ストローも使わない。誰か別の人なのかな)、
これおいしいから買ってきたら?
と言う。さんざん待たせた後だから、迷う。
けれども彼が行ってこいと言うものだから、
いそいでまた建物の中に入ると、本当に店じまいをしていて、それでも親切にその謎の乳飲料を売ってくれて、奥で飲んでいきなさいと言うので、奥に入ると、
木づくりの家のダイニングらしい空間で、どこかの家族が身を寄せあって食事をしている。
そこへ入れというのも気まずい話なのに、しかたない。
味もわからず、パンか噛んで流しこみ、そそくさと退散すると、外に一人お年寄りがいて、私の出てくるのを待って交代で入ろうとしていた。さらに気まずい。
逃げるようにして出てくると、さすがに真澄さんはもういない。
突然、この道の駅は、この夢のいちばん最初に出てきた家族の家で、
私があの姉だったのだと気づく。
清水が流れる道を、真澄さんを追って帰りたいのに、いつのまにか道ばたにたくさんの高校生が腰をおろして弁当を使っていて、通れない。
無理に通ろうとして、一人の弁当箱のふたを引っかけて、転がる。何年何組と彼の名前が書いてあって、笑われている。
その男の子もまた私自身だ。
真澄さんには追いつけそうにない。
その家にはきょうだいがいて、どちらも私ではないらしい。
妹と姉がこじれている。
よく聞いてみると、妹はお姉ちゃんが好きで好きで、いまは何か病気になっているので、足手まといな自分がふがいないらしい。
姉は姉で、そんな妹に何もしてやれない自分を責め、妹から「私にかまわないで行って」と言われたのを、嫌われたのだと思って絶望し、本当に出ていこうとしている。
それを知って妹が泣きはじめる。
妹に姉の真心が伝わったのだから、じきに解決するだろうと安心して、私が家を出る。
いい話なのだから、こじれるのはよくない。
樹木の多い地帯特有の、
山の中の道の駅のような所にいて、古い杭はあるし、足もとには刈られた笹の株へ清水が流れているから、気をつけて歩かなくてはならない。
このあたりから真澄さんがいる。
いるけれども、彼はもう帰る時間で、いそがなくてはならないのに、あと少し、あと少しと私が引き止めている。
建物の中でおいしいパンを売っていたから、見てきたら? と真澄さんが言う。
真澄さんの帰り時間を気にしなから見に行くと、本当においしそうな手作りパンが、傾斜をつけた木の台にのせて売られていて、まん中にあるドライフルーツを刻んで入れた平たいバゲットはとくにおいしそうだ。
とても優しい売り子のふくよかな女の人(彼女が焼いているのだろうか)が、もう店じまいで半額にするから、好きなだけ持っていって、と、にこにこ言う。
それなら遠慮なく、と私、嬉しく自分のリュックに詰めはじめるのだけど、本当にあれもこれもになってしまう。
お会計が九八〇円。
そのくらいならと安心して、財布を取り出したら、ふくらんでいて、五百円札がぎっしり入っている。それも大きさが違ったりして、何だろうこれ。とうてい通用するとは思えない。
二枚引き出してみたものの、あなたがたに迷惑がかかるといけないからやめるね、などと私、おためごかしに言って引っこめる、その自分のわざとらしさに鼻白む。
売り子の女の人はけげんな顔をしている。そもそも五百円札を見たことがない世代なのだ。
すると、かたわらにあの森の家の妹ちゃんがいて、私の小銭入れから五百円玉を拾い出して、二枚、台に置いてくれる。
私、ほっとして、「小銭を持っておいてよかった」と声に出して言う。
妹ちゃん、病気なおったのだろうか。
ふりかえると真澄さんがさっきの古い杭に腰かけ、これもレトロな紙パックの乳飲料をストローで飲んでいて(真澄さんは乳飲料は飲まないし、ストローも使わない。誰か別の人なのかな)、
これおいしいから買ってきたら?
と言う。さんざん待たせた後だから、迷う。
けれども彼が行ってこいと言うものだから、
いそいでまた建物の中に入ると、本当に店じまいをしていて、それでも親切にその謎の乳飲料を売ってくれて、奥で飲んでいきなさいと言うので、奥に入ると、
木づくりの家のダイニングらしい空間で、どこかの家族が身を寄せあって食事をしている。
そこへ入れというのも気まずい話なのに、しかたない。
味もわからず、パンか噛んで流しこみ、そそくさと退散すると、外に一人お年寄りがいて、私の出てくるのを待って交代で入ろうとしていた。さらに気まずい。
逃げるようにして出てくると、さすがに真澄さんはもういない。
突然、この道の駅は、この夢のいちばん最初に出てきた家族の家で、
私があの姉だったのだと気づく。
清水が流れる道を、真澄さんを追って帰りたいのに、いつのまにか道ばたにたくさんの高校生が腰をおろして弁当を使っていて、通れない。
無理に通ろうとして、一人の弁当箱のふたを引っかけて、転がる。何年何組と彼の名前が書いてあって、笑われている。
その男の子もまた私自身だ。
真澄さんには追いつけそうにない。