第68話

文字数 912文字

 長い夢の後半。
 ドイツにいる。
 帰りの荷造りを終えておなかがすく。なぜか駅にいて、ベーカリーがある。
 どっしりしたドイツパンにクリームをたっぷり入れたすばらしいクリームパンがあって、ハーフサイズのが美味しそうだけれど、さすがに大きすぎて、四分の一サイズにする。惜しい。

 カウンターへ持っていくと、ここからが変。
 きゅうにカウンターが取り払われて、せまい横長の舞台になる、下北沢の劇小劇場のような。そこで時代劇が始まる。
 私はクリームパンのお会計に来たはずなのに、下手(しもて)、真澄さんらしき男の人の横に座り、二人とも若い。

 上手(かみて)には、徳川家康のような白銀に刺繍の錦を身につけた父が、それも父と似ても似つかず、むしろ先日亡くなった(ひら)幹二郎(みきじろう)さんのようながっしりした体型なのだけど、箱枕に頭を載せ、薄いものをかけて、それでも上機嫌でしゃべっている。
 私に「おまえも嫁ぎ先で大事にしてもらって安心だ」などと言う。
 
 なんのことだろうと思っていると、

 今度は私の傍らの男性(真澄さん?)がだしぬけに
「お嬢さん(私)をください」
と言い出し、一同驚く。
 私も驚く。
 驚きながら、そうかこの人と私は幼なじみで、ずっと思いあっていたのに、周りが知らないで私をよそへ嫁がせたのだったと思い出す。
 
 だけどどうするというのだろう、まず私を離縁させるのが大変ではないか、円満らしいのに、と他人事(ひとごと)のように考える。
 すると父が、というか父らしき平幹(ひらみき)さんが、ひじょうに驚いたようすで、
「そうか、失敗した。失敗した」
と言い出す。じつに心をこめて言っている。
 
 だんだん途切れとぎれになり、目を閉じてしまうので、私が駆けよって見ると、目を閉じたまま、失敗したとつぶやきつづけている。
 供の者たちが彼を寝かそうとする。
 周りは、うっすらと壁に金箔を貼ったような光に満ちていて、なんとも言えない幸福感がただよっている。父自身が、みょうに嬉しそうなのだ。
 
 私も父と心が通じて嬉しい。
 ただ、白銀に金で縫いとりをした父の衣装が、ちょっと豪華すぎる。
 重くないのだろうか。


※文中の平幹二郎さんはもちろん私の夢の中の平幹二郎さんで、現実の故・平幹二郎さんとは関係ありません。

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