第78話

文字数 802文字

 私、山で奴隷になっていて、茶摘みのようなことをおおぜいでさせられている。
 緑が濃く、濡れた細い山道を、えんえんと歩く。

 まわりと共謀して、子どもを一人逃がすことになる。
 その子が長靴に透明な蜜を入れて履かされているのを連れ出し、小川で脱がせて靴と靴下を洗って蜜を取り、走れるようにしてやる。
 せっかくそうしてあげたのに、その子が不安そうに「おばさんおばさん」と泣きながら私についてきてしまうので、ひやひやする。さわいじゃだめ。

 あまりにおおぜいの人がいて、アイーダかトゥーランドットのコーラスのようだ。
 もちろん誰も歌ってなどいないけど。

 私、その子の手を引いて、細い山道を駆け下りる。
 人のあいだをすり抜け、そのうち別の山里か、何かに出るのに成功する。

 そのあたりからちょっとあやふやなのだけれど、子どもをぶじに誰かに託して、今度は私だけ逃げるのだ。
 道はきゅうに都会のそれになって、汚れた高架下をつたって行く。服も、さっきまでの粗布の貫頭衣みたいなのから、バスガイドふうのお仕着せになっている。

 大きな陸橋を渡る。渋谷か新宿にあるような複雑な大交差点。三々五々、似たような制服の女たちが笑いさざめきながら歩いていて、へたに顔を合わせたら密告される。彼女たちの目をかすめるようにして階段を駆け下りる。
 彼女たちはそのまま陸橋を渡ってデパートの二階に入っていく。私は一階から同じデパートのエレベーターに乗りこんで、まっすぐ上に上がると、どこかの階から別の地平へ脱出できるらしいので、エレベーターにすばやく乗りこみ、身をすくめてどきどきする。もっとさりげなくしていないと怪しまれる。

 エレベーターの扉が開く。
 私、リムジンバスか何かに飛び乗る。
 腕のふとい頼もしい女性の運転手が心得てくれていて、誰も来ませんように、と叫びながら、ぶじに交差点を右折して高架をくぐり、ビルを離れてくれる。

 これで一安心だ。

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