第118話

文字数 1,367文字

 夢で実家にいる。私は洗濯機に洗濯物を入れすぎて、回らなくてこまっている。しかも洗面所のたんすに緋毛せんをかけて、みごとな七段のひな人形を飾ってあるので、とてもせまい。
 ぼんぼりやひし餅。

 ダイニングにもピアノが二台入っていて、人形劇のまっさいちゅう。お話はメリーウィドー。
 けれども主役のダニロのはずのミヤザキさんはキッチンにいて、中華鍋にカレー粉をふり入れて何か炒めるのに余念がない。
 そうこうするうちにピアニストが出番を上がって、ありがとう、楽しかった、と、いとまごいに来る。
 劇、終わったのだろうか。

 ピアニストさんは私の昔の同級生で、南国風の美人だった頃の面影がまだじゅうぶんにある。
 名前が思い出せない。シミズさんだったかな、それともササキさんだったかなと思うと、清水さんと思った瞬間と佐々木さんと思った瞬間で、彼女の顔が交互に入れ替わる。

「いやーだ」とあだっぽく(としか言いようがなかった、昔から)細い手をふって笑う笑いかただけははっきりしていて、やっぱりシミズさんだよねと思うのだけど、下の名前が思い出せない。
「帰って旦那にご飯つくらなくちゃ」と彼女が嬉しそうに言い、いつのまにかミヤザキさんの中華鍋を彼女が取って、あんかけなど上手に作っていて、「これで彼を射止めたの」というのろけを聞かされて、べつにいやではないけれども私はご主人なる人物を知らないから、そうなんだ、よかったねとしか言えない。

 みごとな蟹玉を一皿盛り上げて、さて帰ろうとする彼女がちょっともじもじしているので、やっと私、彼女にピアニストとしての謝礼を払っていなかったのだと気づいて、あわてる。「ちょっと待ってて」
と叫んでミヤザキさんのところへ走っていくと、ミヤザキさんは今度は届いたばかりのテレビを段ボールから出して組み立てていて、
「おれに言われても知らないよ」
と、とまどっている。
 おまけにたんすに緋毛せんがかけられてしまっているから、ご祝儀袋もとりだせない。

 うろたえる私をよそに、人形劇メリーウィドーはつつがなく進行している。ピアニストも人形遣いもいないのに、人形たちはちゃんと歌って踊ってくれている。
 ただし、ダニロくんはアロハシャツ。甘辛く炒められたパイナップルの香りまでただよってくる。
 それは蟹玉ですらない。酢豚だ。
(※この一行は起きてすぐ書いたメモのままです。)

 シミズさんはそっと帰ってしまったらしくて、私、あとでお金を届けなければと思うけれど、住所がわからない。
 すると彼女の残していった楽譜の切れはしに、清水(佐々木)と書いてある。そうか、ササキはご主人のお名前だったのだ。なるほどね。と納得したとたん、

 往年のプロ野球の大選手その人らしいご主人がもりもりと蟹玉、じゃなかった、酢豚を食べている絵が浮かび、佐々木投手だってユニホームで夕食を召し上がるはずはないし、ましてユニホームでみずから中華鍋をふるうはずなんてないのだけど、
 私が、お支払いしてませんよね? とおそるおそる訊くと一言、
「してない」
と無愛想に答える彼は、もう立派に厨房を仕切って、いつのまにかうちの店の助っ人として大活躍してくれている。


※文中の佐々木投手はもちろん私の夢の中の佐々木投手で、現実のミスター大魔神とは関係ありません。お料理する姿、素敵でしたけど。

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