第64話

文字数 606文字

 絶海の孤島に、男の人と置き去りにされている。真澄さんらしいけれど、わからない。
 私は鍵の束を持っているけれど、何の鍵かわからない。
 
 ありとあらゆる繊細であざやかな葉の模様。色のあるものより、黒い切り絵のようなものがいっそうこまやか。
 虫の声もする。
 
 濃紺と白のふくろうのぬいぐるみに鍵を二つつけて、彼に渡す。
 
 きゅうに、空中高く持ち上げられて、俯瞰で島を見ている。青く透きとおる浅い海、波の模様がたっぷりと揺らめくのが見える。
 美しいのだけど、この空中からその浜辺へ、なんとしても移動しなければならない。飛行機などではなく、クレーンの先端にいるらしい。彼と。
 
 思いきって、本当に思いきって、先に飛び降りる。彼が助けに来てくれることを信じて。
 落ちていく感覚に叫びそうになるが、すぐ水に着く。冷たくない。でも私、泳げないので、このままではそのうち溺れてしまう。
 
 水面に顔を出すと、上から例のぬいぐるみが落ちてくる。紐で鍵もしっかり結ばれている。やっぱり彼が投げてくれたのだ。
 喜んで、三十センチほどのぬいぐるみを両手ではさむようにして泳ぎ出すと、はたして沈まない。
 鍵を結んだ紐が二本、水中になびく。
 
 上から彼自身も飛び降りてきて、いっしょに泳ぎ出す。もう安心。足が立つ所まであと少し。
 エメラルドグリーンの波が温かく、水中から光が湧くようにして輝く。
 
 私たちの泳ぐ影が、たぶん、海底に落ちている。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み