第110話

文字数 995文字

 夜の教室に通っている。そこそこ高い建物で、一面ガラス張りの外は夜。
 闇ではなく、ひかえめな夜景だ。

 何を習っているのかよくわからない。
 とにかく、灰色の表紙のつばめノートに何か書いている。小さめの白っぽいゼミ机が整然と並べられていて、列のあいだが歩ける。

 私はとにかく荷物が多くてこまっている。ロッカーの鍵を、平たい紺と灰色の革の小銭入れに入れたはずで、黒いリュックを床に下ろしてさんざん探して、見つけて、ほっとする。
 でもここでほっとしていてはいけないので、時間内にロッカーに荷物を入れてしまわなくてはならない。CDの束や、服や本やいろいろ。

 廊下の奥の自分のロッカーまで運んで、鍵を開けてもろもろしまいこみ、今度こそほっとしてよく見ると、上下に分かれた上段の左端に寄せて、手足の長いアンティークふうのテディベアと、サテン張りのハンガーが置いてある。
 どちらも明らかに私の物ではない。
 そんな物を持っていそうな人とロッカーをシェアした記憶もない。

 小さな四角い鍵をひねりながら、かるく失望する。赤の他人とロッカーを共有するなら、鍵になんの意味があるのだろう。

 そうこうしているうちに時間切れとなって、歓声とともに次のクラスが入ってきてしまう。
 一瞬子どもかと思ったら、良い身なりをした女の人たちだ。夜だから大人のクラスなのだろう。そうしていきなり机を寄せて、ごちそうを並べだす。学期末の打ち上げパーティらしい。
 和服の男の先生らしき人を囲んで、嬌声をあげている。

 うっとうしいから、早くロッカーを閉めて帰ろうとしていると、その先生がこっそり廊下に出てきて、私に話しかける。

 出席できないのに受講料を払って、課題の添削だけしてほしいなんて、変わった人だ、と言って、磊落(らいらく)に笑っておられる。
 私は、ほっとして、だって無料で添削だけお願いするのはもっと失礼でしょうと言うと、それはそうだね、と、やはり笑っておられる。

 そして教室内から先生、先生と呼ばれて、帰っていく。
 なごりおしそうに見えなくもない。

 私は彼を見送って、廊下で一人、これからどうしたものか考える。
 夜露の下りてきた気配がする。


※その後、最後の部分がほぼ正夢になりました。つまり、私はある教室に出ていたのですが、グループワークが嫌すぎて、課題の添削だけ先生にお願いしたいと思うようになったのです。夜の教室ではありませんでしたが。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み