第46話

文字数 926文字

 誰かのお葬式に行くのに、お香典を忘れる夢。
 誰かというのが誰なのかわからない。どうやら、昔***にあった小ホールのオーナーさんのようだ。ご飯をいただいたり、お世話になった。けれどもお顔がよく思い出せない。
 しかも、亡くなったのはオーナーさんではなくオーナーさんの奥さんかもしれず、しかも奥さんのお顔もよく思い出せない。
 私、ひどい。
 
 荒川線の巣鴨駅にある甘味処と、下北沢駅のいまはなき高架下の呑み屋街がつながったような、低いのれん、あせた緑に、やや明るい陽射し。
 私は喪服であたふた。
 大鍋でなにか良いものの煮える気配。
 
 のれんをくぐり、店の二階へ上がると、実家の子供部屋。
 ガラスの嵌まった本棚の、本のあいだから、新札を出したい。お香典を用意しようとしているのだ。一万円? 五千円? 三千円? 毎度のことながら、お世話になった度合いを値切るのはいやなものだ。でも、なにか浮き立つ感じもある。お葬式ではなく、お祝いなのかもしれない(考えたらお香典に新札は使わない)。
 
 階下へ行く、実家の一階。母がいろいろの料理を用意している。母にはめずらしく大皿。染付に、煮込みなど盛りつけている。
 今日は小さな甥姪たちが勢ぞろいする日だったと思い出す。奥の和室にたくさん菓子も用意してある。
 
 ここで、お香典を渡してこなかったことに気づいてがくぜんとする。
 私は知らないうちにお葬式に行って、帰ってきてしまったらしいのだ。
 
 もう一度行く? 書留で送って謝る?
 
 甥姪たち次々と到着、同じ葬儀から帰ってきたのか、かわいらしいブレザーなど着ている。上が六、七才で、小さな子はよちよち。
 姪のなかでもとくに可愛い一人が、いまから食事というときに用足しに行く。
 私にそんな姪はいない。
 
 ○○ちゃん(あの時はたしかに名前を呼んだのに、その名前が思い出せない)、早くね、と呼びかけると、女の子はふりかえって、何か言う。おさきにどうぞというような、おしゃまなような遠慮がちなようなこと。
 私、思わず笑って、待ってるからね、と言うと、女の子は安心した顔で扉の向こうに消える。
 
 小さな手の、口もとにあてた柔らかそうな指の曲がりぐあいが目に残っている。
 あの子は誰なのか。

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