第69話

文字数 916文字

 広いグラウンド。たくさんの人と集合。合宿らしい。
 集まって写真を撮るようだ。
 
 その集合写真のグループに属さない男の子(誰)と、私は会う約束をしている。
 彼「じゃあ後でね」というようなことを言って、会いに来いとほのめかして去る。
 私は写真撮影の囲みを抜け出さないといけない。

 何も疑っていない友人たちをさりげなく後にして、帽子をなくしたから探してくるねなんていう見えすいた言い訳をしつつ、坂を登りはじめる。ボブスレーのコースをさかのぼるような、複雑な坂だ。
 
 その男の子に会いたさというより、何かもっと、ただの欲情のようなものにせかされて、歩いていく。
 
 途中、建物に迷いこむと、白人の男の子が立っていて、こちらの出口からは入れないと片言で言う。彼が片言の日本語なのではなく、私が彼の外国語を部分的にしかわからないのかもしれない。
 私は建物に用はなく、通り抜けたいだけだから、そのまま外に出る。
 長崎のグラバー邸のような庭園。南国の陽光。
 
 通りすぎようとした扉が開いて、次々と人が入っていく。白と赤のきれいな揃いの侍者服を着て、レーゲンスブルクの教会音楽学校の同級生たちだ。
 明るいのに皆、白いろうそくと楽譜を手にしている。お互いを認めて、嬉しそうに声をかけあっている。「告白のミサ」が始まると誰か言っている。
 私に気づく人は誰もいない。
 
 通りすぎようとするけれど、自分が急いで行こうとしているあいまいな約束が、きゅうにばからしくなって、足をゆるめる。
 だいたい本当に彼は待っているのだろうか。
 それよりこのミサに参加したほうがいいのじゃないだろうか。
 
 教会だったその石造りの建物、まわりをソテツに囲まれ、どう考えてもドイツではないのに、ドイツに帰ってきたと私は思う。
 誰も私に気づかず、歓迎してもいないけれど、でも、私は、ここにいていいのだ。中に入って後ろのほうで座っていても許されるはずだ。歌うべき歌がわからず、居心地はわるくても、そんな大して愉しくもなさそうな男の欲望にわざわざ応えに行くより、よほどましかもしれない。
 
 何か明るい気持ちになり、まだ開いたままの扉の手前で立っている。
 幸い、ミサはなかなか始まらない。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み