第84話
文字数 1,475文字
長い長い夢の最後。
見慣れない板張りの部屋に住んでいる。家というよりバレエのレッスン室のような。ただ、とても暗く、落ちつく。
どこかにアップライトの小さなピアノもある気配。
通販の箱が届いて、私は中から買い物をたくさん取り出す。そばに父がいてけげんな顔をしているのではずかしい。
買い物の一つに、ずっしりと重いバレッタ(髪どめ)がある。
楕円で、裏は黒く表が暗紅色で、七宝らしい。
仮住まいなのか、カラーボックスのようなちゃちな引き出しがいくつもあり、私は右から二番目の上の段、か何かに、そのバレッタをすばやくしまう。プチプチにくるんだまま。
誰か友だちがそばにいて、包装紙を片づけてくれている。私が
「古紙の収集日に出すといいよ」
と言いかけると
「そんなことしてるから片づかないのよ」
ときっぱり叱られる。
誰だろう。
女優の佐藤仁美さんに似ている。
彼女がどんどん重ねていく紙の中にだいじな証書が入っていて、私、あわてて取りのける。わざわざ取り寄せた証明書なのだ。
渡邊守章先生の字で「元気でやっていますか」と書き添えてあって嬉しい。紙そのものも羊皮紙のような古めかしい風合い。
父に手渡して「読んで読んで」とせがむ。
何の証明書かはわからない。
突然、あと一つ、科学の実験の授業を取らないと卒業できないことを思い出す。
いつのまにかまわりの友だちが数人になっていて、誰かはわからない。そのうちの一人がお茶を淹れてくれて、私に飲めと言う。
他はみんな足を投げ出して座っている。
時計を見るともう十二時で、十二時に理科室に行かなくてはならなかったのだから、まにあわない。
私、なかば絶望し、なかば安心している。
ゆっくりお茶を飲んだら? と友人たちが言う。
「それはそうなのだけど、この単位を落とすと卒業できないの。一年留年どころか永遠に卒業できないの」
と私が言うと、みんなきゅうにあわてだし「それじゃ行きなよ」という話になる。でも理科室がどこにあるかわからない。
ハマダさんがいるので「理科室どこだったっけ」と訊くと笑って「知らない忘れた」と首をすくめ、膝をかかえる。ハマダさんが知らないならもうどうしようもない。
私、しかたなく、そのへんの物をかき集めて身じたくを始める。
きゅうに床板が柔らかな黒土に変わって、戸外。
ハマダさんたちも農作業すがたでせっせと働いている。
草取りをしているらしいのだけれど、私の足元にはつやつやした緑の木の双葉がたくさん生えていて、引き抜くと、どれもあっさり抜ける。
その若葉があまりに整っているから(これは植えたものじゃないのかな)と思うけれど、いいから抜けと言われてしかたなく抜いてそろえていくと、いかにも濡れたようにつやつやして根に土もほとんどついていないから、
「そうかこれでさっきのお茶を作るんだ」
と納得する。
抜いては重ね、抜いては重ねていく。
どう考えてももう科学の実験にはまにあわないし卒業できない。
でも、まあ、いいかと思う。
卒業。
大学ではなく、いまは廃校になったはずの小学校が目に浮かぶ。
たいして良い思い出もないけれど、校庭のすみに雑木林が作ってあって、春には小川にカエルが透きとおった卵を産んでいたものだった。
私、あの小学校も卒業できていないのだろうか。
※文中の渡邉守章先生はもちろん私の夢の中の渡邊守章先生で、現実の渡邊守章先生とは関係ありません。
※ハマダさんは私の高校時代からの友だちで、リケジョで、植物を育てるのが上手な人です。緑の指というのかな。私なんて茶色の指です(すぐ枯らす)。
見慣れない板張りの部屋に住んでいる。家というよりバレエのレッスン室のような。ただ、とても暗く、落ちつく。
どこかにアップライトの小さなピアノもある気配。
通販の箱が届いて、私は中から買い物をたくさん取り出す。そばに父がいてけげんな顔をしているのではずかしい。
買い物の一つに、ずっしりと重いバレッタ(髪どめ)がある。
楕円で、裏は黒く表が暗紅色で、七宝らしい。
仮住まいなのか、カラーボックスのようなちゃちな引き出しがいくつもあり、私は右から二番目の上の段、か何かに、そのバレッタをすばやくしまう。プチプチにくるんだまま。
誰か友だちがそばにいて、包装紙を片づけてくれている。私が
「古紙の収集日に出すといいよ」
と言いかけると
「そんなことしてるから片づかないのよ」
ときっぱり叱られる。
誰だろう。
女優の佐藤仁美さんに似ている。
彼女がどんどん重ねていく紙の中にだいじな証書が入っていて、私、あわてて取りのける。わざわざ取り寄せた証明書なのだ。
渡邊守章先生の字で「元気でやっていますか」と書き添えてあって嬉しい。紙そのものも羊皮紙のような古めかしい風合い。
父に手渡して「読んで読んで」とせがむ。
何の証明書かはわからない。
突然、あと一つ、科学の実験の授業を取らないと卒業できないことを思い出す。
いつのまにかまわりの友だちが数人になっていて、誰かはわからない。そのうちの一人がお茶を淹れてくれて、私に飲めと言う。
他はみんな足を投げ出して座っている。
時計を見るともう十二時で、十二時に理科室に行かなくてはならなかったのだから、まにあわない。
私、なかば絶望し、なかば安心している。
ゆっくりお茶を飲んだら? と友人たちが言う。
「それはそうなのだけど、この単位を落とすと卒業できないの。一年留年どころか永遠に卒業できないの」
と私が言うと、みんなきゅうにあわてだし「それじゃ行きなよ」という話になる。でも理科室がどこにあるかわからない。
ハマダさんがいるので「理科室どこだったっけ」と訊くと笑って「知らない忘れた」と首をすくめ、膝をかかえる。ハマダさんが知らないならもうどうしようもない。
私、しかたなく、そのへんの物をかき集めて身じたくを始める。
きゅうに床板が柔らかな黒土に変わって、戸外。
ハマダさんたちも農作業すがたでせっせと働いている。
草取りをしているらしいのだけれど、私の足元にはつやつやした緑の木の双葉がたくさん生えていて、引き抜くと、どれもあっさり抜ける。
その若葉があまりに整っているから(これは植えたものじゃないのかな)と思うけれど、いいから抜けと言われてしかたなく抜いてそろえていくと、いかにも濡れたようにつやつやして根に土もほとんどついていないから、
「そうかこれでさっきのお茶を作るんだ」
と納得する。
抜いては重ね、抜いては重ねていく。
どう考えてももう科学の実験にはまにあわないし卒業できない。
でも、まあ、いいかと思う。
卒業。
大学ではなく、いまは廃校になったはずの小学校が目に浮かぶ。
たいして良い思い出もないけれど、校庭のすみに雑木林が作ってあって、春には小川にカエルが透きとおった卵を産んでいたものだった。
私、あの小学校も卒業できていないのだろうか。
※文中の渡邉守章先生はもちろん私の夢の中の渡邊守章先生で、現実の渡邊守章先生とは関係ありません。
※ハマダさんは私の高校時代からの友だちで、リケジョで、植物を育てるのが上手な人です。緑の指というのかな。私なんて茶色の指です(すぐ枯らす)。