庾亮13 杜乂というひと

文字数 975文字

西晋(せいしん)の名将、あの杜預(どよ)の孫に
杜乂(とがい)、と言う人がいる。

その外見については、王羲之(おうぎし)
「あの白磁のような肌、真っ黒な瞳!
 あの様な人を神仙界の人と言うのだろう」
とか、王濛(おうもう)の外見をみなが讃えているのを
見ていた蔡謨(さいも)さんが
「やれやれ、彼らは杜乂を知らんのか」
と呟いたレベルの人である。

そんなかれは、世間では
「杜乂はさっぱりと美しく、
 褚裒(ちょぼう)は穏やかで麗しい」
とか、
「あの麗しく、気品に満ちているさまは、
 まさに歌として残されるに相応しい」
とか、そう言うレベルで称賛されている。

のだが、残念なことに、体が弱い。

あるとき、杜乂の家の墓が
崩れてしまったことがあった。

この時杜乂は、
殊更に嘆くそぶりを見せなかった。

その話を聞き、えーポリコレ違反じゃん、
と周りがひそひそ陰口をしていたようだ。
なので庾亮(ゆりょう)さまは言っている。

「彼の病は深刻なものだ。
 なので我々のように慟哭をしてしまえば、
 それで病身に障ってしまう」

また、このようにも言っている。

「杜乂殿の哭礼は、挙動には現れぬのだ」



王右軍見杜弘治,歎曰:「面如凝脂,眼如點漆,此神仙中人。」時人有稱王長史形者,蔡公曰:「恨諸人不見杜弘治耳!」
王右軍は杜弘治に見え、歎じて曰く:「面は凝脂が如く、眼は點漆が如し。此れ神仙中の人なり」と。時の人に王長史の形を稱うる者有り、蔡公は曰く:「恨むらくは諸人をして杜弘治を見さしまざるのみ!」
(容止26)

世目「杜弘治標鮮,季野穆少。」
世の目すらく「杜弘治は標鮮にして、季野は穆少たり」と。
(賞譽70)

有人目杜弘治:「標鮮清令,盛德之風,可樂詠也。」
有る人の杜弘治を目すらく:「標鮮として清令、盛德の風は、樂と詠うべきなり」と。
(賞譽71)

杜弘治墓崩,哀容不稱。庾公顧謂諸客曰:「弘治至羸,不可以致哀。」又曰:「弘治哭不可哀。」
杜弘治が墓の崩るるに、哀しき容を稱さず。庾公は顧て諸客に謂いて曰く:「弘治は羸に至らば、以て哀を致すべからじ」と。又た曰く:「弘治の哭は哀しむべからじ」と。
(賞譽68)



杜乂
衛玠(えいかい)枠って感じですね。病弱だったため早世してます。と言うかあれだよな、この手の病弱な人たちがもてはやされるのって、建康(けんこう)やら会稽(かいけい)が「平和だからこそ」だよね。外では五胡勢力の圧力を前にしてひーこらしてる人たちがいるってえのにこいつらはよぉ……まぁ、逆に言えば「そう言うご時世だからこそ」ではあるか。
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