王澄2  王敦おちょられる

文字数 1,412文字

王敦(おうとん)が一回目の乱を決めた頃の話である。

建康(けんこう)城に乗り込んで「君側の奸」を討ち、
意気揚々と入城する王敦。

そんな王敦に、庾亮(ゆりょう)が聞く。

「貴公には四人の友がおられたとか。
 此は、どなたにありましょうや?」

「そなたの宗祖、庾敳(ゆがい)殿。
 我が家の王衍(おうえん)王澄(おうちょう)
 それと、胡毋甫之(こむほし)殿だ。

 まぁ、この中では王澄が
 もっとも劣っているかな」

王敦が挙げたのは、
まさに先の世のトップネームたち。

ついでに言えばこれ、
王敦が自称したわけではない。
最後に名の上がる胡毋甫之が、
「自らの友」としてリストアップしたのだ。
王敦はあくまで、そこに乗ったに過ぎない。

ただし王澄は、王敦に殺されている。
なので王敦としては、
アイツはダメな奴だから
殺されても仕方がない、
位の物言いをしているのである。

そこで庾亮さま、言葉で刺す。

「王澄殿が? 特段他のお歴々と
 劣っているとも思われませぬが」

ふむ、と思案ののち、
改めて庾亮さまが問う。

「彼らに並び立つ者と言えば、
 どなたが相応しくありましょうや」

王敦が胸をふんぞり返らせる。

「言わずもがなだろう」

「いや、良く分かりませぬ。
 どなたなのでありましょう」

これを聞いて王敦、カチンとくる。
庾亮さまの物言いは、詰まるところが
「いや王敦お前、彼ら名士に較べて
 どうして並び立てると思ってんの?
 アホなの?」位の話である。

「バカな! 貴様の耳には届かんか!
 世間では、誰がかれらと
 並び称されている!」

いくら王敦が反乱を起こそうとも、
既に琅邪(ろうや)王氏の実権は削られている。
この厳然たる事実は覆しがたい。
既に王敦の声望など、地に落ちている。

なので庾亮さま、
更に攻撃を仕掛けようとした。

ら、周りの人間に足を踏まれて
文字通り踏み留めさせられるのだった。



王大將軍下,庾公問:「卿有四友,何者是?」答曰:「君家中郎,我家太尉、阿平、胡毋彥國。阿平故當最劣。」庾曰:「似未肯劣。」庾又問:「何者居其右?」王曰:「自有人。」又問:「何者是?」王曰:「噫!其自有公論。」左右躡公,公乃止。

王大將軍の下れるに、庾公は問うらく:「卿に四友有り、是は何者たるや?」と。答えて曰く:「君が家の中郎、我が家の太尉、阿平、胡毋彥國。阿平が故より最劣に當りたるなり」と。庾は曰く:「未だ劣るを肯ずるに似たらず」と。庾は又た問うらく:「何者の其の右に居らんや?」と。王は曰く:「自ら人有り」と。又た問うらく:「是は何者たるや?」と。王は曰く:「噫! 其れ自ら公論を有す」と。左右は公を躡み、公は乃ち止む。

(品藻15)



これ庾亮の肝っ玉の話だと思ってたけど、改めてきっちり読み込んでみると「今さら権勢者のフリしたってもうおせーよバーカ」くらいにおちょり倒してますね庾亮さん……この人、なんか他人を怒らせる天才なんじゃなかろうか……しかも自分ではその部分を全く自覚しない系クズ……そりゃ蘇峻(そしゅん)をはじめとした武人たちも怒るわ。

庾亮さんのエピソードを読んでると、「お前のせいで蘇峻の乱起こったしほんと死ねよ」的演出全開で笑う。逆に言うとそう言う属性は「キャラクターとしての個性」的に見るべきだと思うから、拾うのは飽くまで「この当時庾亮さまがどういうふうに見られていたか」なんだろう。その虚像に基づいてエピソードたちが構築されて行ったと見るべきであり、「実際の宰相・庾亮」を探る時には結構な足かせにもなってくるような気はしないでもない。まぁ「火のないところに煙は立たず」でもありそうですが。
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