王戎15 アンタが好きよ
文字数 669文字
なかなかゴキゲンである。
夫のことを、妻が立てる。
これが当時の常識だ。
なのだが、奥さん。
「ねえアンタ」とか言っちゃう。平然と。
これに困っていたのは、
他ならぬ王戎さんである。
「おまえね、妻が夫をアンタと呼ぶのは、
不敬と取られても仕方ないのだ。
いいか、そんな呼び方、
二度とするもんじゃあ、ない」
が、奥さま。
知ったこっちゃねえ、と言い返す。
「アンタが好きで、アンタを愛してるの。
だからアンタをアンタって呼ぶの。
私以外の誰が、
アンタをアンタって呼べるの?
誰が私以上に、
アンタを愛せるのかしらね?」
いやいや、連呼しすぎですから。
参った、と王戎さん、奥さんの
アンタ呼ばわりを受け容れたそうな。
王安豐婦,常卿安豐。安豐曰:「婦人卿婿,於禮為不敬,後勿復爾。」婦曰:「親卿愛卿,是以卿卿;我不卿卿,誰當卿卿?」遂恆聽之。
王安豐が婦は常に安豐を卿とす。安豐は曰く:「婦人の婿を卿せるは、禮にて不敬為らん。後には復た爾る勿れ」と。婦は曰く:「卿に親しみ卿を愛さば、是を以て卿を卿とす。我れの卿を卿せずんば、誰が當に卿を卿せんや?」と。遂に恆に之を聽す。
(惑溺6)
「卿と言うな」と言った瞬間「卿」と連発するこのおっかさん、マジでとんちクイーンですわな。「卿を卿扱いする」みたいな表現、そんなぱっと思いつくもんでもないと思うんですよ。あるいはこれ、いざ釘を刺そうとされたとき向けに温存しておいたとか? どうでもいいけど奥さんの言葉が四字句になっていて、「実は詩経に載ってます!」とか言われても何ら驚かなさそうな気すらした。