阮孚1  郭璞の詩情

文字数 1,197文字

兗州八伯 阮孚(げんふ) 全二編
 既出:桓温29、劉伶1、阮咸1


竹林七賢、阮咸(げんかん)の息子、阮孚。
鮮漢ハーフの彼は、
占い師、郭璞(かくはく)の言葉が大好きだった。

郭璞の詩に、こんな言葉がある。

林無靜樹 川無停流
 林に静かな木はなく、
 川に留まる水はない。

後ろの句を受けて、
前の句が活きてくる感じか。

この言葉の組み合わせの前に、
阮孚はこうコメントしている。

「深淵にして、静謐な言葉だ。
 上手くコメントができないのだが、
 この文を読むごとに、我が心身が
 何かを、こう、
 超越していくかのような心地になる」


阮孚さんに感動していただいたところで、
郭璞の言葉ももう、残りひとつだ。
一緒にここで紹介してしまおう。

郭璞は永嘉の乱を逃れて長江を渡った時、
暨陽(きよう)という地に移住した。

間もなく母親が死亡。
すると郭璞、その墓を川のほとり、
百メートルにも満たないところに立てた。

墓勢占い的なものか、あるいは単純に
洪水リスクを恐れてのものか。
人々は「えっ、川に近くない?」
と郭璞に聞いた。

すると郭璞、答える。

「いや? この辺りは将来、
 れっきとした内陸地になるだろう」

そこから時の経ること約百年、
すっかり土砂が堆積することで、
墓周辺の数キロは、ほぼ桑畑に。

郭璞は、こんな詩も残している。

北阜烈烈 巨海混混
壘壘三墳 唯母與昆
 険しきは北の峰々、
 広々と湛えられる海水。
 その中にぽつねんと寄り添い合う、
 三つの墓がある。
 母と兄、そしてわたしのものだ。



郭景純詩云:「林無靜樹,川無停流。」阮孚云:「泓崢蕭瑟,實不可言。每讀此文,輒覺神超形越。」
郭景純が詩に云えらく:「林に靜樹無く、川に停流無し」と。阮孚は云えらく:「泓崢にして蕭瑟、實に言なるべからず。此の文を讀みたる每,輒ち神を超え形を越ゆるを覺ゆ」と。
(文學76)

郭景純過江,居于暨陽,墓去水不盈百步,時人以為近水。景純曰:「將當為陸。」今沙漲,去墓數十里皆為桑田。其詩曰:「北阜烈烈,巨海混混;壘壘三墳,唯母與昆。」
郭景純の江を過ぐるに、暨陽に居し、墓は水に去ること百步に盈たず、時の人は以て近水と為す。景純は曰く:「將に當に陸と為らん」と。今ま沙は漲り、墓より去ること數十里は皆な桑田と為る。其の詩に曰く:「北阜は烈烈、巨海は混混。壘壘たる三墳、唯だ母と昆のみ」と。
(術解7)


詩ってのはきっと、その限られた字句の中からどれだけ情景を、感情を掘り起こせるか、が大切になってくるのかもしれない。その意味で、前者には擦れ合う枝葉や、木々に暮らす生き物たちの息吹を見出した気がする。

後者に見出すのは、敢えて世俗と群れず、ただ家族とだけ寄り添っていたかった孝行息子の思い。そして三なる墓と書きながら、そこに母と兄(昆って字にはそういう意味も込められているらしい)のみを書き、自分は登場させない、この慎ましやかさ。

この孤高マンの言葉、あさってみるのも面白いのかも。まあ世説新語に於いてはこれで終了ですが。
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