王徽之5 招隱詩

文字数 953文字

王羲之(おうぎし)の息子、王徽之(おうきし)と言えば、
そのフリーダムな振る舞いで知られていた。

ある夜、大雪が降った。
雪の気配に目覚めた王徽之、
部屋の雨戸を開けさせ、
雪景色を前に、酒を持ってこさせる。

どこまでも降りしきる、雪。
興に任せ雪降る中に飛び込み、
その風情を歌った。

雪と言えば、左思(さし)の詩が良い。
王徽之、招隱詩(しょういんし)を口ずさむ。


杖策招隱士 荒塗橫古今
巖穴無結構 丘中有鳴琴
 杖をついて、隠者を尋ねる。
 荒れた道は長きの歴史を
 思い起こさせる。
 かれのいる岩穴には
 飾り気ひとつなく、
 ただただ周囲に、琴の音が響く。

白雪停陰岡 丹葩曜陽林
石泉漱瓊瑤 纖鱗亦浮沈
 北の峰々に積もる白雪と、
 南の林で輝く、赤き花。
 岩の合間から流れるせせらぎと、
 ひらひらと舞う、蝶たち。


すると、王徽之の頭上に電球。
せや! 隠者と言えば戴逵(たいき)やん!
どんな連想ゲームだ。

度々の謝安(しゃあん)さまよりの招聘にも
応じなかった、かの隠者、戴逵。

王徽之、ふと彼に会いたくなった。

いま、王徽之がいるのは山陰(さんいん)
対して戴逵は、(しょう)。結構離れている。
しかも夜。が、王徽之は気にしない。
船で漕ぎ出し、戴逵のもとへ。

翌朝、戴逵の家の前に到着。

だが王徽之、かれの家の門を見ると、
いきなり引き返す! どういうこと!

ある人が問う。
えっちょっと王徽之さま、
どういうことですか?

すると、王徽之は答えた。

「興に乗って、ここまで来た。
 ら、興が尽きた。
 だから帰る。
 わざわざ戴逵殿に会う必要もない」

ぇえ……。



王子猷居山陰,夜大雪,眠覺,開室,命酌酒。四望皎然,因起仿偟,詠左思招隱詩。忽憶戴安道,時戴在剡,即便夜乘小船就之。經宿方至,造門不前而返。人問其故,王曰:「吾本乘興而行,興盡而返,何必見戴?」

王子猷は山陰に居し、夜に大雪あらば、眠り覺め、室を開け、命し酒を酌せしむ。四望は皎然、因りて起ち仿偟し、左思が招隱詩を詠ず。忽ち戴安道を憶え、時に戴は剡に在らば、即便に夜に小船に乘り之に就く。宿を經て方に至らんとせば、門に造れど前まずして返る。人の其の故を問わば、王は曰く:「吾、本より興に乘じ行かば、興盡かば返りたらん、何ぞ必ずや戴に見えんか?」と。

(任誕47)



付き合った人たちにしてみりゃ夜に叩き起こされるわ寒い中船旅に駆り出されるわ休む間もなく帰途につかされる話で散々だな……王徽之、自由すぎるw
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