017 崩落地
文字数 1,731文字
「カツラさんは家族に別れを告げましたか?」ベロニカが尋ねる。
「これからはみんなを呼び捨てにしろ。ママは俺を産んだときに死んだ。兄弟はいない。パパは俺が若衆の宿舎にいたときに、旅の商人たちと村を出ていった。俺に挨拶抜きでな」
カツラが巨岩に寄りかかりながら答える。崖崩れによりアスファルトに転がったものだ。
道は50メートルほどに渡って分断されている。踏み跡がトラバースしているが、渡るのに気持ちいいものではない。
「この先に廃村がある。それより向こうの新鮮な 情報はない」シロガネが言った。
進むしかないにしても、ハシバミが斥候をすることにした。誰かが一緒に行くと志願すると思ったがみんなお疲れのようで、結局は一人で向かう。
砂利を落としながら崩落地を渡る。真ん中あたりが沢になっていた。ハシバミは水を補給しながら上下を見る。崖のすぐ下は林だし、すぐ上に落ちてきそうな巨岩もない。
ここは注意さえすれば通過できる。問題はその先だ。
*
アスファルトの旧道は山間部を縫ってゆったりと続いている。今まで同様に亀裂を広げる植物たちに占拠されているが、ルートを外れる恐れはないし道なき道よりは断然歩きやすい。
ふいに目の前が開ける。ハシバミは立ち枯れた木の影から眺める。アスファルトはここで二手に分かれた。どちらも荒れ果てている。
横に巻く道の先は密林に入って見えない。上へと登る道の先には、こじんまりだけど畑があった。瑞々しい緑色だ。香ばしい匂いさえする。
一人では危険だな。ハシバミは引き返す。
*
見張り役のクロイミとコウリンを除けば、カツラとシロガネだけが目を開けていた。
「シロガネは眠らないの?」
ハシバミは尋ねる。彼は川を渡る前から疲労を隠せなかった。荷物は体格に合わせて分配したから、シロガネ、カツラ、サジー、コウリンは他より重めだ。それが影響しているのかもしれない。
「危険すぎるからね。……私だって寝たい。でも、ここは昼寝するには最適な場所でない」
シロガネが答える。
たしかに道の真ん中だ。ここまでは誰とも会っていないが、何かがやってくるかもしれない。
「この先に畑があった」
「……手入れされていたのか?」
「近づかなかった。何が植えられているか分からないけど雑草ではない」
「ならば入植したのかな。そこまでは行くべきだな。君と私が先頭になろう」
シロガネが立ち上がる。
「俺が最初だ」カツラも起き上がる。「俺たちだけが気づくなどあり得ない。戦闘になるかもしれない。――ほらほら出発だ」
カツラが手を叩き、長刀を肩からおろす。
数分後には一列になり、距離を開けて崖を渡る。先頭からシロガネ、カツラ、ハシバミ、サジーの順。最後尾はツヅミグサのはず。一行は縦に長くなった。先頭が渡りきる。続いてハシバミも――。
列の真ん中あたりでゴセントとツユクサの悲鳴がした。狂気じみた獣の鳴き声も聞こえた。
ハシバミは弓矢を手にして後方へ戻る。半鐘のような吠え声。砂礫を落としながら駆けて、青ざめているクロイミとコウリンを追い越す。四匹のうす汚れた四足の動物がいた。
「犬だ! ちびっ子を狙っている」カツラも来た。
ゴセントとツユクサが崖の途中で襲われたようだ。ゴセントは逃げきり、ハシバミの足もとに転がりこむ。
中型サイズの犬たちはツユクサだけを狙いだした。崩落地に足を滑らそうが気にもしない。ツユクサを転がり落とそうとしているみたいだ。
ハシバミは弓を構える。左目を閉じて右手で矢を強く引く。三秒だけ精神を統一させて、三秒で照準を合わせる。右手を離す。
ツユクサの足を噛んだ一匹の目に突き刺さる。そいつは甲高い悲鳴をあげて転がり落ちていく。他の三匹が後を追う。
「もう大丈夫だから動かないで」
うずくまる小柄な少年に声かける。
「俺が運んできてやるよ」
カツラが崖へと渡っていく。反対側からツヅミグサたちも顔を見せた。
「あれが犬か」サジーが横に来る。「賢い狩りだったが、俺らにハシバミがいるのを知らなかったな」
「ハシバミの獲物を横取りされそうだが、奪いかえしにはいくな」
シロガネが崖の下を見ながら言う。
目に矢を刺したままの一匹が尻尾をまるめて、のこりの犬達を必死に威嚇していた。
「これからはみんなを呼び捨てにしろ。ママは俺を産んだときに死んだ。兄弟はいない。パパは俺が若衆の宿舎にいたときに、旅の商人たちと村を出ていった。俺に挨拶抜きでな」
カツラが巨岩に寄りかかりながら答える。崖崩れによりアスファルトに転がったものだ。
道は50メートルほどに渡って分断されている。踏み跡がトラバースしているが、渡るのに気持ちいいものではない。
「この先に廃村がある。それより向こうの
進むしかないにしても、ハシバミが斥候をすることにした。誰かが一緒に行くと志願すると思ったがみんなお疲れのようで、結局は一人で向かう。
砂利を落としながら崩落地を渡る。真ん中あたりが沢になっていた。ハシバミは水を補給しながら上下を見る。崖のすぐ下は林だし、すぐ上に落ちてきそうな巨岩もない。
ここは注意さえすれば通過できる。問題はその先だ。
*
アスファルトの旧道は山間部を縫ってゆったりと続いている。今まで同様に亀裂を広げる植物たちに占拠されているが、ルートを外れる恐れはないし道なき道よりは断然歩きやすい。
ふいに目の前が開ける。ハシバミは立ち枯れた木の影から眺める。アスファルトはここで二手に分かれた。どちらも荒れ果てている。
横に巻く道の先は密林に入って見えない。上へと登る道の先には、こじんまりだけど畑があった。瑞々しい緑色だ。香ばしい匂いさえする。
一人では危険だな。ハシバミは引き返す。
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見張り役のクロイミとコウリンを除けば、カツラとシロガネだけが目を開けていた。
「シロガネは眠らないの?」
ハシバミは尋ねる。彼は川を渡る前から疲労を隠せなかった。荷物は体格に合わせて分配したから、シロガネ、カツラ、サジー、コウリンは他より重めだ。それが影響しているのかもしれない。
「危険すぎるからね。……私だって寝たい。でも、ここは昼寝するには最適な場所でない」
シロガネが答える。
たしかに道の真ん中だ。ここまでは誰とも会っていないが、何かがやってくるかもしれない。
「この先に畑があった」
「……手入れされていたのか?」
「近づかなかった。何が植えられているか分からないけど雑草ではない」
「ならば入植したのかな。そこまでは行くべきだな。君と私が先頭になろう」
シロガネが立ち上がる。
「俺が最初だ」カツラも起き上がる。「俺たちだけが気づくなどあり得ない。戦闘になるかもしれない。――ほらほら出発だ」
カツラが手を叩き、長刀を肩からおろす。
数分後には一列になり、距離を開けて崖を渡る。先頭からシロガネ、カツラ、ハシバミ、サジーの順。最後尾はツヅミグサのはず。一行は縦に長くなった。先頭が渡りきる。続いてハシバミも――。
列の真ん中あたりでゴセントとツユクサの悲鳴がした。狂気じみた獣の鳴き声も聞こえた。
ハシバミは弓矢を手にして後方へ戻る。半鐘のような吠え声。砂礫を落としながら駆けて、青ざめているクロイミとコウリンを追い越す。四匹のうす汚れた四足の動物がいた。
「犬だ! ちびっ子を狙っている」カツラも来た。
ゴセントとツユクサが崖の途中で襲われたようだ。ゴセントは逃げきり、ハシバミの足もとに転がりこむ。
中型サイズの犬たちはツユクサだけを狙いだした。崩落地に足を滑らそうが気にもしない。ツユクサを転がり落とそうとしているみたいだ。
ハシバミは弓を構える。左目を閉じて右手で矢を強く引く。三秒だけ精神を統一させて、三秒で照準を合わせる。右手を離す。
ツユクサの足を噛んだ一匹の目に突き刺さる。そいつは甲高い悲鳴をあげて転がり落ちていく。他の三匹が後を追う。
「もう大丈夫だから動かないで」
うずくまる小柄な少年に声かける。
「俺が運んできてやるよ」
カツラが崖へと渡っていく。反対側からツヅミグサたちも顔を見せた。
「あれが犬か」サジーが横に来る。「賢い狩りだったが、俺らにハシバミがいるのを知らなかったな」
「ハシバミの獲物を横取りされそうだが、奪いかえしにはいくな」
シロガネが崖の下を見ながら言う。
目に矢を刺したままの一匹が尻尾をまるめて、のこりの犬達を必死に威嚇していた。