110 大胆不敵

文字数 2,585文字

 翌朝のカツラは、水面にあがった(あぶく)が破裂するように目を覚ました。長刀を手に上半身を起こす。入口にオオネグサがいた。

「寝坊したくせに起きるなり刀か。たいした新入りだ。起こしにきたが……布団も枕もなしで寝たんだな。一階の納戸にあるから自分で用意しろ」

「日干しが必要だろうな」

 カツラが伸びをしながら立ちあがる。企みが露見して槍と銃に囲まれるまえに出ていくのだから、寝具など不要だ。
 カツラはあくびを押さえながらオオネグサの横を過ぎて廊下にでる。敵だらけで逆にずけずけとできる。

「ゴセントとは誰だ?」
 オオネグサが背中を向けたカツラへと言う。

 背筋からつま先へと杭を打ち込まれたような衝撃を受けた。

「なぜその名前を知っている」
 カツラは長刀を利き手に持ち返しながら言う。包む布ごと叩き斬るしかない。

「『ゴセントに聞け、ゴセントに聞け』って昨夜寝言で叫んでいた。一階にまで聞こえる声だったが、やっぱり覚えてないか」
 オオネグサはカツラの殺気に気づくことなく小声になる。「それよりお前は夕べあの子を……やっぱりいい。ゴセントって誰だ?」

「昔知っていた奴だよ。いろいろ予言してくれた」
「へえ。そいつだったら、これからの天気もはっきり言い当てられるだろうな。でっかい嵐が来そうな雲行きだ。――群長が表で待っている。ここは寝坊に朝食を与えるほど優しくない」
「俺は昨夜も大根の尻尾だけだぜ」

 カツラは本気でぼやきながら、水舟丘陵からの服のままで部屋をでる。

 ***

 オオネグサがカツラを連れていったのは若年組宿舎だった。もんぺ姿や太ももをだした作業服の少女たちが次々と出勤する。どうしても目で追ってしまう。
 玄関先にパセル群長がいた。見張り二人が一緒にいてバクラバを拘束していた。

「ジライヤは将軍が一目置くほどに物事が分かっている。その見解を変えないとならないな」
 パセルは渋い顔だ。

「彼は女を部屋に連れ込みました。それゆえ寝過ごしたのかもしれません」
 オオネグサがやや意地悪く報告する。

「さっそくか! ……誰がお相手だ?」

「ツユミです。彼女の声が聞こえました」
 オオネグサが即答する。声にトゲがある。

「あの娘を部屋に呼べたのか? 付いてきたのか?」
 パセルが驚愕の面でカツラを上から下まで眺め倒す。

「残念なことに手さえ触らせてくれなかったけどな」
 カツラはそこだけ事実を述べる。「女の子たちのことを教えろと無理言って呼んだだけだ。でもパセル殿は言ったよな。俺は若いから女子と仲良くやれとな。俺の行動は間違っているか?」

「ははは。本当の目的は違うだろ? だがツユミはすべての乙女のリーダーだ。あの娘を落とせば、あの世代はおとなしくなる」

「彼女が落ちればの話だけどね」
 オオネグサが気にいらなさそうに付け足す。

「俺も彼女を気に入っている。ツユミもまんざらではなさそうだ。だからやってやるさ」
 カツラはオオネグサを見つめながら言う。「二人きりで話しあう機会を増やしたい。邪魔するなよ」

 群長もオオネグサも言い返さなかった。
 カツラは何気にバクラバの左右にいる見張り二人を観察する。一対一ならば問題ないだろうけど、そうだとしても鍛え上げられた二人。片方に手こずればもう一人は懐から……。

「バクラバの警備当番。七面倒な任務だと思っているのだろ?」
 パセルは人の目線によく気づく。「そのとおりだから三日交替だ。明日から別のものに代わる。……もうじきこいつは楽になれる。何も考えずに木の枝からぶら下がるだけだ。さてと、特例で飯を用意させるがどうする?」

「いいよ、警備に入る。もう娘たちも働いているしな」
「だったら水路を点検してくれ。嵐が来そうなのに、前任者が北部に行ってしまったからな。地図を渡しておく。赤丸で囲んである部分だ」
「ついでに直しておくさ」

 ***

 点検などするはずない。それよりハシバミと連絡を交わさないとならない。でもどうやって?

 カツラは田園のあぜ道を一人歩きながら考える。
 お姫様が橋渡しになる手はずだったけど、エブラハラに潜入を果たしてから気づく。そんなの無理に決まっている。
 つまり別の連絡手段を考えなければならない――。田園のはずれから女の子が慌ただしく駆けてきた。裸足のまま辻の田んぼに飛び降りる。側溝を漁っていたアオサギが面倒くさそうに飛びたっていく。

「カツラ」

 声かけられてどきりとする。野良仕事の真似をしだしたこの子は、布で頭を覆っているけど、キハルじゃないか。

「なぜここにいる?」
 カツラは四方を見まわしたあとに近寄る。小声で早口に言う。「ミカヅキはどこだ? お前も飛行機もすぐに見つかるぞ。すぐにすぐに戻れ!」

「うん。降りてから時間が経ったから、じきに騒ぎになる。だから急ごう」

 キハルが頭巾をはずし、カツラを見上げる。どんぐりみたいな瞳。……あらためて見ると、やっぱりこの子はかわいいな。エブラハラの若年組でも間違いなく最上位だ。彼女たちぐらい身だしなみに気を使えば。

「私をここの子たちと比較したでしょ。私は鳥だから感づくよ。……幸いにも私から言うことは何も発生していない。カツラが必要なことを、ハシバミに伝えたいことを教えて。早急にね」

「四っつある。ひとつは、うまくいきそうだと伝えてくれ。ふたつめは、今日の夕方か明日の朝に決行する。それ以降は失敗だ。俺たちはミカヅキが空に現れたら逃亡を始める」

 カツラの話にキハルがうなずく。その目線がカツラの向こうを覗く。カツラは振り向かない。

「みっつめは、娘たちが山を越える援護を忘れるな。……舟は用意できたのか?」
「働き者の集団だもの。沈まなければ、二艘だから三十人運べる」
「試してないのか?」
「あそこは将軍の土地だよ。仕方ないよ。それより」

 大胆不敵なキハルの目に焦燥が浮かんだ。誰かが近づいている。

「よっつめはキハルに頼むことだ。ご覧の通りにここは見張りだらけだ。ミカヅキにはたっぷりと連中を脅してもらう。雌ガラスだろうとな。さあ行け。俺が足止めする」

「分かった。今日の夕方か明日の朝。分かったよ」

 そう言って、キハルがあぜ道に上がる。急ぐでもなくはずれへと歩いていく。
 カツラは大柄な体で道を塞ぐように振りかえる。パセル群長が男二名を引き連れてそこまで来ていた。
 いつも以上に真剣な顔。その手に銃を握っている。
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