071 クロイミの尋問

文字数 2,038文字

「この二人では運べない」

 クロイミとゴセントを見て、キハルがはっきりと口にする。

「僕たちは君の話を聞くためにきた」

 鼻と口を不織布マスク(クラブハウスの遺物)で覆ったクロイミが離れてしゃがむ。

「話?」
「うん。ハシバミから聞いたけど、全容が見えない。むしろ、君の家族はカブで村を追いだされた。生き延びたのは君だけ。そっちのが見えてくる。そうだろ?」

 やはりマスクをしたゴセントに声かける。

「僕はなにも見えない。クロイミに任せるよ。僕が言いたいのは、ハシバミは危険を好みすぎだ。ベロニカを置いて一人で後を追った? 君は――」
「分かったよ。ゴセントも見張りにまわって」

 説教される長を見せたくない。

「では僕が進めるね。飛行機が空を飛んでいたのは昔話で知っている。いまも飛べる理由はまだ知る必要ない。その銃がはったかりかどうかもだ」

 クロイミは銃を手にしている。キハルと互いに向けあっている。

「私の銃はあなたのよりずっと怖い」
「それも知る必要ない。君が一人で生き延びた理由と、ほんとうに飛べるのか。それだけ教えてほしい。カツラは口を挟まないでね」

 生意気な秀才君だとカツラがぼやく。クロイミの尋問が始まる。

「一人になってから何日?」
「たぶん十日ぐらい」

「一緒に村をでた人は?」
「ミカヅキは一人乗りだから私だけ」

「ずっと空にいたの?」
「まさか。雲の上なら昼間は延々飛べるけど、寒いし眩しいし空気が少ない。着陸していた時間のが長い」
「空だと呼吸できない? まあいいや。地面ではどこにいたの? どこで寝たの?」
「ハイウェイが多かった」
「盗賊だらけの場所に?」
「ミカヅキは硬い。弓も銃も通用しない。そもそも、あの子が降りてきたらみんな怖がって近づかない」

「食事は?」
「干し肉、キノコ、山菜、竹、無花果(いちじく)。塩漬けにしたのを村からもらってきた。まだちょっと残っているけど分けるほどはない」
「竹はもうすぐ旬だね。それらが無くなったらどうするの?」
「それまでに仲間を見つける。空の民がまだいると伝わっている。空にいれば彼らが見つけてくれるかも」

 クロイミがマスク越しに小馬鹿にした笑みを浮かべた。キハルが目を細める。

「アイオイ親方みたいな話だね。空の民ならば交易で情報が集まらないのかな」
「彼らは名前を(かた)っているだけ。本当の民は私たちだけ」
「でもどこかにいると?」
「……正直に言うと、私も信じていない。だけどお爺ちゃんに託された。……お爺ちゃんの村はもうないかもしれない。クロジソ将軍に目をつけられた。空の民を探して村を救うなんて、私を逃すための村人への口実に決まっている。民の血を残すために、ミカヅキを奴らに奪われないために、私だけが逃がされた!」

 キハルが嗚咽しだす。クロイミは醒めた目で観察する。泣きやむのを待たない。

「村は何人いたの? どこにあるの? ミカヅキ以外にヤタガラスって名の飛行機は何個あったの?」
「赤ちゃんもいれたら百六十二人。ここから遠い。場所は教えない。ヤタガラスは三機あった。でもオリオンとムラクモは遺物」

「その靴は?」
「どういう意味?」
「木の靴なんて珍しいから」
「……草履じゃすり減るから。痛いけど操縦で踏んばるのに必要。話を聞くだけでしょ。あちこち見ないで」

 キハルが体の整えをなおす。クロイミはすでに興味を失っている。

「ミカヅキは速いの?」
「鳥よりもね」
「ミカヅキはまた飛べるの?」
「丈夫だからたぶん。乗っている人間が怪我しない程度だったから。大昔のエアプレーンと違い、エネルギーを強烈に逆噴射して着陸時の衝撃を抑える。それは墜落時にも応用できる。だから私は生き延びた。トモも」
「ふうん。エアプレーンって言うんだ。……それには当然武器があるよね?」

 キハルが黙りこむ。クロイミが十五秒待った後にうながす。
 キハルがうつむいたままで言う。

「レーザー砲が装備されている。消費は激しいけど……ひとつの村を滅ぼせる」

 失われたはずの兵器。ハシバミは息を飲む。カツラが口笛を吹く。

「不思議だな。そんな怖いものがあって、キハルちゃんが手にする銃もあって、なんで将軍から逃げる必要がある?」
「お爺ちゃんが降伏を選んだから。それに……、あんたはさっきから笑っているだろ。この銃が火傷も負わせないって気づいているのだろ? あんたの銃だって遺物だとカツラから聞いているからな。……あれは忌むべき兵器。絶対に使わない。あなたたちのために使わない!」

 キハルが光線銃をクロイミに投げる。クロイミは呆気にとられた後に笑いを吹きだす。マスクを脱ぎ、銃をおろす。ハシバミへと温和に見える地顔を向ける。

「この子は強い。一人だけのも事実っぽい。ツヅミグサより話し上手でないようだし、信じていいかも。エアプレーンを引き上げよう」

「ブルーミーよりはうまい」
 カツラも笑う。

「エアプレーン飛行機ヤタガラス。呼び方が多いと混乱するから統一しよう。――キハル。ミカヅキが飛ぶのを手伝う」
 ハシバミが笑わずに告げる。
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