062 デンキ様も泣きさけぼう
文字数 2,480文字
奴らが追ってこなかったので、川への退路を塞がれる形になった。私は曲がり角を他の者に任し、たまたま隣にいたブルーミーとともに村へ戻った。背後から銃声が聞こえたが、とにかく村だ。質より量だ。犠牲を厭わなければ勝てる。
そう思った。
雨は強まっていく。焼き討ち失敗の言い訳にはならない。焼き殺されかけた者たちの怒りは想像できた。私は神社を目指した。なのにランプの灯が消えてしまった。私とブルーミーは、村の入り口で暗闇に残されてしまった。そして、それが、私たちが生き延びた理由の一つになった。
爆発の音がした。女性の悲鳴が聞こえた。私たちは息をひそめて歩く。また爆音。悲鳴。そして銃声。背後からランプが近づいてきた。
「誰だ」
「お頭ですか? ハコベです。下の者たちはやられました。奴らは戦い慣れている。それに裏道を知っていた」
出し抜かれた。私たちはおのれの土地で挟撃された。私は仕切っていた小柄の男を思いだす。彼が仲間から群長と呼ばれていたのも思いだした。あの男は脳みそで地位を築いたのだろう。
ハコベ自身も刀傷を負っていた。左腕を押さえていたが、ひどい出血だった。私たちは彼を連れて、再び村へと入った。爆音。十数名が一団になって逃げてきた。
「一件ごとに襲われている。奴らは屋内に何かを投げる。それが爆発する。出てきた者を銃で撃ち殺す。槍で刺し殺す」
そんな情報を得てどうすればいいのか。とにかく頭領の指図を仰がないとならない。
「下にも奴らがいる。一緒に来い」
私たちは神社を目指そうとした。
薄情にも雨は唐突にやんだ。燃えている民家があった。村が照らされていた。悲鳴。うめき声。横たわる村人を見かけた。死んではいない。でもじきに死ぬ。ハコベも座りこんだ。
「神社には行けません。すでに奴らが向かいました」
「頭領の息子は捕らえられ、その場で首を落とされました」
「東地区に逃げましょう」
気づくと、村人たちは五十人以上になっていた。
「お前たちは東へ向かえ。奴らが現れても抵抗するな」
再びブルーミーと私だけが神社を目指す。鳥居にたどり着いたところで、ランプが割れて吹っ飛んだ。長のもとへ集う者を待ちかまえたうえに問答無用で撃ってきた。私たちは逃げ戻るしかなかった。アスファルトの亀裂で足を捻ってしまい藪に隠れた。
「右腕の火傷がひどい……。下と合わせて三人もやられた。初日から寝込みを襲うとは悪どい村だ」
奴らの声がした。「平和に進めていれば、たっぷり生き延びたのにな。愚かな村だ」
私は三人の影へと背後から矢を構えた。でも射れなかった。臆病な二人は藪で息を殺した。彼らの怒りがおさまるのを待った。
遠くから銃声が届く。奴らは東の殺りくに向かった。
丘が青白い朝を迎えた。静かだった。
「生きている奴は出てこい」
奴らの声がした。「貴様らの年老いた長は死んだ。死骸は杉の木にぶら下げてある」
戦いは終わった。虐殺は終わった。そう思った私は、彼らの声に従うことにした。道に戻ると血の匂いがした。銃が発する腐臭がまだ漂っているような錯覚を感じた。しかも本当の腐臭と混ざりあっているみたいで眩暈がした。
私たちは真ん中の畑に集められた。武器を取り上げられて十名ずつで固められた。それが三十個ほど。隠れている者も大勢いるだろうけど、ひと晩で村はそれだけになってしまった。妻子はいなかった。私の話に従っていれば、家族が殺されているはずはない。
昨日仕切っていた男は見当たらなかった。べつの者が私たちへ告げた。
「村を捜索する。お前たちはじっとしていろ。――これは、お前たちの回答への回答だからな」
また雨が降りだした。私たちはずぶ濡れなのに座ることを許されなかった。ひざまずいた老婆が銃尻で殴られて、そのまま起きあがらなかった。いつまでも水たまりに転がっていた。
妻子四人が連れてこられた。乱暴な目に遭ってはないようだった。彼女たちは新しい固まりに加えられて見えなくなった。
「全部で三百二十八人。死体が三百くらい」
やがて奴らは私たちを吟味しだした。奴らは村人を二つに分けた。使えそうな男と若い女。それ以外に。私とブルーミーは奴隷に選ばれた。妻子は選ばれなかった。……彼らは子を持つ母を奴隷に選ばなかった。服従すべき立場である私は、そんなことに慈悲を感じてしまった。愚かにもだ。
「お前たちは俺たちと一緒に川を下る。途中で何度か舟を陸で運んでもらう」
奴らの一人に笑いながら言われた。「残りかすは、ここで村を続けろ。予定と違ってしまったがな」
連中の目論見は分からなかった。女子どもと老人を残して、私たちは村から川へと向かわせた。
「この者たちだけで村が立ちゆくはずがない」
ヤナギさんの叫び声がした。「お前たちは悪鬼か?」
「教えてやれ」と声がした。知らぬ間に仕切っていた男がいた。彼はその一言を残し丘を下っていった。
べつの男が残された者へと振り向いた。
手を縛られた私も振り向いてしまった。……いまも後悔している。それから始まることを見るはめになったのだから。
「ああそうだ。俺たちが欲しいのは奴隷と奴隷を産みだす村だ。立ちゆかないというならば、村の規模を小さくすればいい。手伝ってやるぜ」
奴らは生き延びている者へと銃と矢を放った。村はまたも阿鼻叫喚と化した。奴隷に選ばれた女性が泣き崩れた。髪を持ちあげて歩かされた。
「お前らは心配しなくていい。村に残った連中は二度と抵抗しないから、これ以上減ることはない」
それから私たちは拘束されたまま丘を降りた。転べば蹴られた。
私とブルーミーには悪運があった。最後尾から二艘目の、しかも村の舟に乗せられた。
動きだしてしばらくして、私は舟中央の隠し箱の小刀でブルーミーの拘束を解いた。次いでブルーミーに渡した。
私は悪鬼の決断をしなければならなかった。
「ブルーミー、逃げるのは二人だけだ」
奴らは四人乗っている。気づかれたら終わりだ。
私を縛った縄が切れると同時に、私たちは川へと飛びこんだ。
反対岸に着いたときには、舟たちは遠ざかっていた。
そう思った。
雨は強まっていく。焼き討ち失敗の言い訳にはならない。焼き殺されかけた者たちの怒りは想像できた。私は神社を目指した。なのにランプの灯が消えてしまった。私とブルーミーは、村の入り口で暗闇に残されてしまった。そして、それが、私たちが生き延びた理由の一つになった。
爆発の音がした。女性の悲鳴が聞こえた。私たちは息をひそめて歩く。また爆音。悲鳴。そして銃声。背後からランプが近づいてきた。
「誰だ」
「お頭ですか? ハコベです。下の者たちはやられました。奴らは戦い慣れている。それに裏道を知っていた」
出し抜かれた。私たちはおのれの土地で挟撃された。私は仕切っていた小柄の男を思いだす。彼が仲間から群長と呼ばれていたのも思いだした。あの男は脳みそで地位を築いたのだろう。
ハコベ自身も刀傷を負っていた。左腕を押さえていたが、ひどい出血だった。私たちは彼を連れて、再び村へと入った。爆音。十数名が一団になって逃げてきた。
「一件ごとに襲われている。奴らは屋内に何かを投げる。それが爆発する。出てきた者を銃で撃ち殺す。槍で刺し殺す」
そんな情報を得てどうすればいいのか。とにかく頭領の指図を仰がないとならない。
「下にも奴らがいる。一緒に来い」
私たちは神社を目指そうとした。
薄情にも雨は唐突にやんだ。燃えている民家があった。村が照らされていた。悲鳴。うめき声。横たわる村人を見かけた。死んではいない。でもじきに死ぬ。ハコベも座りこんだ。
「神社には行けません。すでに奴らが向かいました」
「頭領の息子は捕らえられ、その場で首を落とされました」
「東地区に逃げましょう」
気づくと、村人たちは五十人以上になっていた。
「お前たちは東へ向かえ。奴らが現れても抵抗するな」
再びブルーミーと私だけが神社を目指す。鳥居にたどり着いたところで、ランプが割れて吹っ飛んだ。長のもとへ集う者を待ちかまえたうえに問答無用で撃ってきた。私たちは逃げ戻るしかなかった。アスファルトの亀裂で足を捻ってしまい藪に隠れた。
「右腕の火傷がひどい……。下と合わせて三人もやられた。初日から寝込みを襲うとは悪どい村だ」
奴らの声がした。「平和に進めていれば、たっぷり生き延びたのにな。愚かな村だ」
私は三人の影へと背後から矢を構えた。でも射れなかった。臆病な二人は藪で息を殺した。彼らの怒りがおさまるのを待った。
遠くから銃声が届く。奴らは東の殺りくに向かった。
丘が青白い朝を迎えた。静かだった。
「生きている奴は出てこい」
奴らの声がした。「貴様らの年老いた長は死んだ。死骸は杉の木にぶら下げてある」
戦いは終わった。虐殺は終わった。そう思った私は、彼らの声に従うことにした。道に戻ると血の匂いがした。銃が発する腐臭がまだ漂っているような錯覚を感じた。しかも本当の腐臭と混ざりあっているみたいで眩暈がした。
私たちは真ん中の畑に集められた。武器を取り上げられて十名ずつで固められた。それが三十個ほど。隠れている者も大勢いるだろうけど、ひと晩で村はそれだけになってしまった。妻子はいなかった。私の話に従っていれば、家族が殺されているはずはない。
昨日仕切っていた男は見当たらなかった。べつの者が私たちへ告げた。
「村を捜索する。お前たちはじっとしていろ。――これは、お前たちの回答への回答だからな」
また雨が降りだした。私たちはずぶ濡れなのに座ることを許されなかった。ひざまずいた老婆が銃尻で殴られて、そのまま起きあがらなかった。いつまでも水たまりに転がっていた。
妻子四人が連れてこられた。乱暴な目に遭ってはないようだった。彼女たちは新しい固まりに加えられて見えなくなった。
「全部で三百二十八人。死体が三百くらい」
やがて奴らは私たちを吟味しだした。奴らは村人を二つに分けた。使えそうな男と若い女。それ以外に。私とブルーミーは奴隷に選ばれた。妻子は選ばれなかった。……彼らは子を持つ母を奴隷に選ばなかった。服従すべき立場である私は、そんなことに慈悲を感じてしまった。愚かにもだ。
「お前たちは俺たちと一緒に川を下る。途中で何度か舟を陸で運んでもらう」
奴らの一人に笑いながら言われた。「残りかすは、ここで村を続けろ。予定と違ってしまったがな」
連中の目論見は分からなかった。女子どもと老人を残して、私たちは村から川へと向かわせた。
「この者たちだけで村が立ちゆくはずがない」
ヤナギさんの叫び声がした。「お前たちは悪鬼か?」
「教えてやれ」と声がした。知らぬ間に仕切っていた男がいた。彼はその一言を残し丘を下っていった。
べつの男が残された者へと振り向いた。
手を縛られた私も振り向いてしまった。……いまも後悔している。それから始まることを見るはめになったのだから。
「ああそうだ。俺たちが欲しいのは奴隷と奴隷を産みだす村だ。立ちゆかないというならば、村の規模を小さくすればいい。手伝ってやるぜ」
奴らは生き延びている者へと銃と矢を放った。村はまたも阿鼻叫喚と化した。奴隷に選ばれた女性が泣き崩れた。髪を持ちあげて歩かされた。
「お前らは心配しなくていい。村に残った連中は二度と抵抗しないから、これ以上減ることはない」
それから私たちは拘束されたまま丘を降りた。転べば蹴られた。
私とブルーミーには悪運があった。最後尾から二艘目の、しかも村の舟に乗せられた。
動きだしてしばらくして、私は舟中央の隠し箱の小刀でブルーミーの拘束を解いた。次いでブルーミーに渡した。
私は悪鬼の決断をしなければならなかった。
「ブルーミー、逃げるのは二人だけだ」
奴らは四人乗っている。気づかれたら終わりだ。
私を縛った縄が切れると同時に、私たちは川へと飛びこんだ。
反対岸に着いたときには、舟たちは遠ざかっていた。