136 一騎打ち

文字数 2,983文字

 文明の時から地獄の時を経て、再生の時へと。ひたすら刻み続けた腕時計が午前四時を指していた。
 将軍は召集をかける。エブラハラの中軸たちは近づきつつある作戦の最終確認をする。

「いままでの戦いと違うのは敵も銃を所持していることです。私や砦の奴らが奪われた他にも、すべてで十丁はあると考えるべきです。弾の残数は不明ですが過小評価はできません。
爆弾を放りこむにしてもバクラバがいます。直撃すればその体は吹っ飛びますが、ちょっと離れれば軽い火傷を負うだけ。木造でないので延焼もないでしょう。それをバクラバは敵に伝えているはずです。女たちでも知っているのがいてもおかしくありません」

「さすがセキチクだ」
 将軍はうなずく。「ノボロの意見も聞きたい」

「はい。裏からは弾を二十発撃ち込みます。そのあとに私が先頭に侵入します。クルマの戸を盾に銃を撃ちながら進みます。敵の意識が私たちに向かったところで、正面から将軍が突入します。敵は挟撃されて、抵抗は一瞬でしょう……。
ただし獣の声がしたのは事実です。牛と犬が複数いますが、それ以外にも絶叫がしました。あれは人ではありません。……ここはいままでの村と違います。心構えだけはしておくべきです」

「分かった。ただし我々こそが『獣』だ。思い知らせるぞ」

 ***

 背後の気配にパセルは道へしがみつくほどにしゃがむ。ランプの灯を体で覆い隠す。

「時間かかったね」
「急いで取り返そう」

 男二人の影は、山側へと駆けだして瞬く間に闇に消える。
 追うべきかとパセルは考える。声かけて立ちどまるはずないだろう。弾を当てられるはずない……手入れの行き届いてない新たな銃の引き鉄を引きたくない。

 しばらくしてパセルは移動する。彼らが降りてきた沢を見つめる。一人で登れるわけないが、報告できる材料ができた。この上に何かがある。
 パセルもランプの灯を消して隠密に道を登る。建てたばかりであろう小屋を端から破壊した、覚悟の詰まった丘陵へと戻る。

 闇を歩きながら、パセルはジライヤの巨体と人好きさせる態度を思いだす。過去から飛んできた飛行機を思いだす。値踏みするような犬を思いだす。……刃物を持つ私に臆することなく弓を下ろし、格闘で手玉に取った若者を思いだす。

 この村は異常だ。
 そうだとしてもエブラハラは戦い征服する。
 いずれ夜明けだ。

 ***

 黎明そして曙光。
 朝が来た。さわやかな山の朝。すがすがしい森の朝。
 ありふれた一日の始まりではない。山中に取り残された遺跡に立て籠もる人々。それを囲む武装した兵たち……。やはりありふれた朝かもなと将軍は思う。文明はこんな夜明けを何度も繰り返してきただろう。

 ノボロの突入と同時に、正門前の堀に丸太の橋がふたつ架けられる手はずだ。自動ドアであったガラス戸はすでに爆弾により半壊している。
 突入は危険だ。不安定な丸太に乗った瞬間に狙撃されるかもしれない。突破しても入るなり四方から槍で刺されるかもしれない。つまり、私が先頭で行くしかない。

 小鳥たちが騒いでいる。赤トンボの群れ。茂みからクロジソ将軍はねじ式腕時計を見る。六時五分前。ここまで敵の抵抗はない。弾のひとつも撃ち返さない。温存しているのだろう。
 銃とバクラバが厄介だ。だが慎重に進めない。クロジソは鋼のヘルメット、鋼の帷子をしている。ノボロも鉄鋼の盾で突入時は身を守る。至近でなければ致命傷を受けない。致命傷でなければ生き延びて敵を惨殺できる。私たちは無慈悲な軍隊だ。

 将軍は再び右手首を見る。六時五分前のまま……。百年を刻んだ時計の命が、ここでこの瞬間に尽きた。
 それでも将軍は立ち上がり、右手を天に突き上げて雄叫びを上げる。男たちの鬨が続き、終焉の始まりを告げる。
 裏口のノボロ隊の一斉掃射が始まった。主なきパセル隊が補佐する。

「ご武運を」

 セキチク群長が言う。彼は後詰だ。逃げだした敵三人が戻ることはないだろうし、来たところで怖くない。恐れるのは飛行機だ。現れたらセキチクといえども対処できないにしても。
 森がどよめくほどの鬨声。ノボロたちが廃墟へと突入した。ジライヤたち二十名以上が待ちかまえる砦へ。
 正門側で男六人が丸太の橋を堀の上へと突っ込む。反撃はない。陽動に引っかかったな。

「我々も行くぞ」

 クロジソは側近であるクマツヅラに告げる。表に姿をさらす。六人の決死隊が爆弾を正門へと投げる。一発は不発。一発は届かず堀に落ちた。二発は壁に当たり堀に落ちた。でも二発が屋内で爆発する。
 反撃はない。

「うおおおお!」

 将軍が雄たけびを上げる。不安定で滑る丸太を三歩で駆け抜ける。屋内へと転がりこむ。照準を合わせることなく二発撃つ。抵抗はない。
 将軍は隅で腰をかがめる。敵はいない。牛と犬が狂ったように吠えている。
 クマツヅラたちがようやく続く。


「将軍ですか?」

 ノボロの声がした。
 屋内から七名がやってくる。

「敵は?」クロジソが問う。

「一人以外は見かけませんでした。おそらくそこに閉じこもっています」
 ノボロが食堂を拳銃で指す。「爆弾で鎮圧は容易でしょう」

「その一人とは?」
「ぼろ布をまとった小柄な少年が気を失っています。見捨てられたのでしょう」

「私が外に連行しましょうか?」クマツヅラが言う。
「不要だ。じきに陥落する」将軍が即答する。

「将軍さんよ、久しぶりだな」
 でかい声がした。「俺を覚えているか?」

 反撃を恐れて誰もが伏せた。将軍は逆に立ち上がる。食堂へと怒鳴りかえす。

「ジライヤ。貴様を殺すために我々はわざわざ来た。他の者も道連れになってもらう」

「俺たちは最後の一人まで戦う。俺たちはバクラバの指示に沿って守備を固めてある。爆弾は怖くない。それでも侵入してこいよ。順番に撃ち殺し刺し殺す。首を並べてやる」

「それは私たちのセリフだ。……なるほど、牛と犬は糧か。だが水はどうだ? 全員の喉を潤せないだろ」

「あいにくだがここには水道がある。井戸もある」

「嘘だ。お前たちが文明を手にしているはずがない」

「井戸が文明だと? ははは」
 ジライヤが愉快そうに笑う。「だけど俺は長丁場は嫌いだ。あんたは俺に力を見せろと言ったよな? それはいまかも知れないぜ」

 将軍はその言葉を吟味した。意味するところを理解した。
 この男は、私と一騎打ちを望んでいる。

「面白い。勝負してやろう。誰にも手をださせない」

 クロジソが告げる。
 もちろんそんな気はない。最終的には全員で蜂の巣にしてやる。だが、それは私の力でこいつを屈してからだ。私は誇りある将軍だ。いきなり銃殺などしない。それこそが配下への神格化を為してくれる。

「後悔するなよ」

 両開きのドアが開き大男がでてくる。ドアはすぐに閉まる。
 ジライヤは半裸の上半身に黒い毛皮を羽織っていた。残ったままの熊の頭を背中に垂らしている。
 そのいでたちは、この若い大男を禍々しい邪神に思わせた。
 ……ジライヤは何も持っていない。拳だけで戦うというのか?

「俺が地面に手をついたなら殺せ。俺が怖いのならば、いますぐに殺してもいいけどな」

「怖くはない。敬意を持ってやる」
 クロジソ将軍がヘルメットを脱ぐ。「ともに戦士となろう」

 ナイフと拳銃をクマツヅラに渡す。彼も帷子をはずし上半身裸になる。
 エブラハラの男たちが見守るなか、将軍とカツラが向かい合う。
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