033 罠
文字数 1,948文字
ずいぶん早い戻りだなとシロガネに嫌味を言われる。
その後は、カツラ以下五名が沢へと釣りに向かった。時間も迫っていたのでハヤが七匹だけだった。よその村で獲りすぎるのもよくないしな。ベロニカが土手でまた蛇を捕まえた。
外で麦飯を炊いていると、村の若者が山菜を籠ごと差し入れてくれた。なので自前の干し肉も食べることにした。二日続けてのご馳走。おそらく明日の朝もだ。
***
タイルの上で寝て、翌朝には十一人いずれも体が痛くなった。サジーとツヅミグサが番をしたまま寝てしまい、ハシバミ以降の四名は途中で起こされることなく熟睡できた。二人に懲罰などしない。続いたら分からないけど。
薄明るくなると同時に数名が温泉に行く。サジーとツヅミグサは引き続き番をする。
「他の方は温泉ですか?」
バオチュンファとヤイチゴが部屋へと来た。「今いる方々だけでもご一緒できますか?」
手伝いをしてくれと言っていたな。……罠かも? その意識だけは持ち続けよう。
「どこへですか?」ハシバミが聞く。
「沢をまたいだ林だ」ヤイチゴが答える。「罠がある」
「面白いじゃねえか」カツラが長刀を持ち立ちあがる。「弟くんは来なくていい。温泉に入ってくれ」
「そうだよ。ゴセントだけ臭い」ツユクサも言う。
ハシバミ、カツラ、コウリン、ツユクサは、バオチュンファたちの後に続く。
*
沢には、4メートルほどの丸太が置いてあった。対岸の太い木に結んだ縄をまわしてある。増水した沢へとそれを下ろすそうだ。
村の男四人とハシバミたちが四人。八人がかりでもきつくて繊細な作業。戻る際には丸太を引き揚げるのだろう。そうしないといずれ流される。このために呼んだなとハシバミは気づく。橋代わりに架けられた滑る丸太を一人ずつ這うように進む。
対岸にはしっかりとした踏み跡があった。
「こっち側に来れるのは、あと半月ほどだ。冬になれば橋がなくても渡れるが」
ヤイチゴは今日は布で顔を覆っていなかった。色男であるのが判明した。
二人ずつ四組に分かれる。ハシバミはバオチュンファと三か所の罠をまわる。餌であるネズミだけ食べられたのがひとつ、生きたネズミが残ったままのがひとつ、最後のひとつにタヌキがかかっていた。針金が首に深く巻きつき、人間の登場にも逃げられない。バオチュンファが鉈を振り下ろす。
「この村は男性が少ないのですか」
帰り道でハシバミが尋ねる。
「女性も少ないです」回答と言えないことを返される。
「近くに村はあるのですか?」
「いいえ」
「戦は盗賊とですか?」
「みたいなものとです」
「……僕たちのことを聞こうとしないのですか? どこから来たのか、なんで村を去ったのか」
「おいおい聞くつもりです」
「僕たちより怖いものがいるのですか?」
バオチュンファが振り返る。
「害人之心不可有 。防人之心不可无 。異国の言葉――祖先の言葉です」
「どんな意味ですか?」
「人を陥れるな。人を侮るな。……お互いの心持ですよ」
質問に答えたくない。そういうことだろう。
***
橋まで戻ってきたら、すでに六人ともいた。コウリン組はタヌキとハクビシンを捕まえていた。
「ヤイチゴさんが針金トラップの作り方を教えてくれるってさあ。これを食べれば元気が戻る。そしたら僕はハシバミの意見になんでも従うよお」
コウリンが満面の笑みで言う。「あの森での僕はどうかしていた。でも雨の中で――」
「そんなこともあったね。すっかり忘れていたよ。それと、それを食べるのは僕たちではないことを忘れるなよ」
ハシバミはコウリンののんびりした口調が面倒くさくなる。
「俺たちははずれだった。ひとつだけかかったみたいだが、杭を折り針金をはずして逃げやがった」
カツラが言う。「ウサギだかタヌキにも賢い奴や強靭な奴がいるものだな」
ウサギはネズミを食わないだろ。カツラみたいなウサギなら分からないけど。
「僕はゴセントが心配だ。はやく戻りたい」
朝からお疲れのツユクサが言う。組んだ若い男がアオダイショウを肩にかけていた。この罠は蛇さえも捕らえられるのか。コウリンでなくても作り方を知りたい。欲しい遺物リストに針金を加えよう。
「元気だせよ」
ハシバミはツユクサの頭をくしゃくしゃさする。温泉のおかげでさらさらしていた。
「ツユクサは橋を戻すのを手伝わなくていい。先に戻ってゴセントが臭いままだったら、何があろうと温泉に入れさせて。あいつは兄のいうことなど聞かないけど、君の頼みなら従うかも」
「嫌がったら針金で巻いて湯に落としてやる」
ツユクサが重大任務を授かった面で村へと戻る。橋を戻すのが一人減ったけど、あの子だとあまり変わらない。……しかし丸太を戻すのは、架ける以上に労力とコツが必要だろうな。獲物をひとつは分けてもらわないとな。
その後は、カツラ以下五名が沢へと釣りに向かった。時間も迫っていたのでハヤが七匹だけだった。よその村で獲りすぎるのもよくないしな。ベロニカが土手でまた蛇を捕まえた。
外で麦飯を炊いていると、村の若者が山菜を籠ごと差し入れてくれた。なので自前の干し肉も食べることにした。二日続けてのご馳走。おそらく明日の朝もだ。
***
タイルの上で寝て、翌朝には十一人いずれも体が痛くなった。サジーとツヅミグサが番をしたまま寝てしまい、ハシバミ以降の四名は途中で起こされることなく熟睡できた。二人に懲罰などしない。続いたら分からないけど。
薄明るくなると同時に数名が温泉に行く。サジーとツヅミグサは引き続き番をする。
「他の方は温泉ですか?」
バオチュンファとヤイチゴが部屋へと来た。「今いる方々だけでもご一緒できますか?」
手伝いをしてくれと言っていたな。……罠かも? その意識だけは持ち続けよう。
「どこへですか?」ハシバミが聞く。
「沢をまたいだ林だ」ヤイチゴが答える。「罠がある」
「面白いじゃねえか」カツラが長刀を持ち立ちあがる。「弟くんは来なくていい。温泉に入ってくれ」
「そうだよ。ゴセントだけ臭い」ツユクサも言う。
ハシバミ、カツラ、コウリン、ツユクサは、バオチュンファたちの後に続く。
*
沢には、4メートルほどの丸太が置いてあった。対岸の太い木に結んだ縄をまわしてある。増水した沢へとそれを下ろすそうだ。
村の男四人とハシバミたちが四人。八人がかりでもきつくて繊細な作業。戻る際には丸太を引き揚げるのだろう。そうしないといずれ流される。このために呼んだなとハシバミは気づく。橋代わりに架けられた滑る丸太を一人ずつ這うように進む。
対岸にはしっかりとした踏み跡があった。
「こっち側に来れるのは、あと半月ほどだ。冬になれば橋がなくても渡れるが」
ヤイチゴは今日は布で顔を覆っていなかった。色男であるのが判明した。
二人ずつ四組に分かれる。ハシバミはバオチュンファと三か所の罠をまわる。餌であるネズミだけ食べられたのがひとつ、生きたネズミが残ったままのがひとつ、最後のひとつにタヌキがかかっていた。針金が首に深く巻きつき、人間の登場にも逃げられない。バオチュンファが鉈を振り下ろす。
「この村は男性が少ないのですか」
帰り道でハシバミが尋ねる。
「女性も少ないです」回答と言えないことを返される。
「近くに村はあるのですか?」
「いいえ」
「戦は盗賊とですか?」
「みたいなものとです」
「……僕たちのことを聞こうとしないのですか? どこから来たのか、なんで村を去ったのか」
「おいおい聞くつもりです」
「僕たちより怖いものがいるのですか?」
バオチュンファが振り返る。
「
「どんな意味ですか?」
「人を陥れるな。人を侮るな。……お互いの心持ですよ」
質問に答えたくない。そういうことだろう。
***
橋まで戻ってきたら、すでに六人ともいた。コウリン組はタヌキとハクビシンを捕まえていた。
「ヤイチゴさんが針金トラップの作り方を教えてくれるってさあ。これを食べれば元気が戻る。そしたら僕はハシバミの意見になんでも従うよお」
コウリンが満面の笑みで言う。「あの森での僕はどうかしていた。でも雨の中で――」
「そんなこともあったね。すっかり忘れていたよ。それと、それを食べるのは僕たちではないことを忘れるなよ」
ハシバミはコウリンののんびりした口調が面倒くさくなる。
「俺たちははずれだった。ひとつだけかかったみたいだが、杭を折り針金をはずして逃げやがった」
カツラが言う。「ウサギだかタヌキにも賢い奴や強靭な奴がいるものだな」
ウサギはネズミを食わないだろ。カツラみたいなウサギなら分からないけど。
「僕はゴセントが心配だ。はやく戻りたい」
朝からお疲れのツユクサが言う。組んだ若い男がアオダイショウを肩にかけていた。この罠は蛇さえも捕らえられるのか。コウリンでなくても作り方を知りたい。欲しい遺物リストに針金を加えよう。
「元気だせよ」
ハシバミはツユクサの頭をくしゃくしゃさする。温泉のおかげでさらさらしていた。
「ツユクサは橋を戻すのを手伝わなくていい。先に戻ってゴセントが臭いままだったら、何があろうと温泉に入れさせて。あいつは兄のいうことなど聞かないけど、君の頼みなら従うかも」
「嫌がったら針金で巻いて湯に落としてやる」
ツユクサが重大任務を授かった面で村へと戻る。橋を戻すのが一人減ったけど、あの子だとあまり変わらない。……しかし丸太を戻すのは、架ける以上に労力とコツが必要だろうな。獲物をひとつは分けてもらわないとな。