007 苦難を選ぶ理由

文字数 1,605文字

「舟番は四人。上士はいない。そのうち二人はベロニカとアコンだった」

 ツヅミグサがハシバミたちの部屋にやってきて告げる。板敷きの十畳間はランプがひとつだけ灯されている。これも頂戴する予定だ。

「そいつらって」
「そう。向かいの村の生き残りだよ。びくびくおどおどした連中。あいつらなら簡単に川へ落とせて舟を奪える」

 台風により一晩で消滅した村で生き延びたのは、四百人のうち八十名ほどだけだった。その人たちは命があるだけで、家も畑もなくなった。彼らは新天地を求めて固まって歩いていった。亡霊の群れのようだった。
 旅に自信がない人たちは向かいの村に――ライデンボク頭領へと救いを求めた。頭領は冷血な人間ではなかった。村の隅に居場所を与えた。誰も家を立てなかった場所。
 彼らは二十人ほどいただろうか。村の雑役で生計をたてていたが、徐々に人数を減らしていった。ベロニカとアコンは最後に残った二つの家族の息子だった。どちらもハシバミよりちょっとだけ年下だ。なのに若衆に入れてもらっていない。

「ツヅミグサ、穏便に進めるよ。恨みを増やしたくない」
「当然。あの二人を突き落とせるはずねえよ。……父親に挨拶してきた。
『俺も若かったら一緒に行きたかった。達者でな』
それだけだった。俺は準備してでかけるよ。クロイミが言ったように、集合場所までは少ない人数で移動するべきだからね」

 夜の徘徊に慣れているツヅミグサが部屋をでていく。
 ハシバミは、自分とゴセントを抜いた部屋のメンバー七人に声をかけてある。「急です」や「危険です」ばかりの中で、コウリンだけが賛同してくれた。

「ハシバミが行くのならあ、僕も付いていくよお」

 のんびりと言われた。体は大きいけどそれだけの奴。いや、食い物に意地汚い。一緒にいて暇だけどえり好みしない。何より自分を信じてくれたわけだし、コウリンもハシバミ兄弟と同じでカブで家族がいなくなったわけだし。

 あの病は家族単位で死の淵に誘う。まさに隠麓(いんれ)黒屍(くろかばね)の手下。

 *

「ハシバミそろそろ行こう」

 ゴセントが部屋に戻ってきた。彼の背後にはツユクサが緊張した顔でいた。弟は「友だちをどうしても連れていく、置いていけない」と別の部屋のツユクサを説得しにいった。時間はかかったが成功したようだ。

「この村になにが起きるか分からないですけど、ハシバミさんと一緒にいるのが一番だと思いました。よろしくお願いします」

 小柄なツユクサが頭を下げるけど、もしかしたら女の子より頼りにならないかも。

「弟を信じてくれてありがとう。荷物も用意してあるんだね」
 心のうちを見せずに、ハシバミは笑ってあげる。自分が手助けすればいいだけだ。「ゴセントが言うとおりに出発しよう。コウリンも準備できたみたいだな。どたどた歩くなよ」

 ハシバミはリュックサ(背荷物)ックを背負う。父親がどこかで手に入れた形見の品だ。うっすら血の跡があるが、昔の時代の丈夫すぎる素材でできている。
 四人は部屋の仲間に別れを告げ、長らく寝起きした部屋をでる。
 残された若衆は現実感のないままだった。ハシバミたちは明日の朝には戻ってくるかも。それくらいに急な話だった。

 *

 待ち合わせの川原には、ツヅミグサが早くもいた。

「ホソバウンランさんたちが武装して巡回していた。呼びつけられてひやりとしたよ。カツラを探していた」

 ハシバミは内心で舌を打つ。あいつは騒ぎを大きくしたかな。上士をクビになった腹いせに何かしでかすと勘ぐられたかも。

「ツユクサも?」とツヅミグサが尋ねてくる。

「邪魔にならないように頑張ります。ツヅミグサさんのこと、従妹のお姉ちゃんがよく話題にしていた」
「あの子ね。村をでること、家族には伝えたの?」
「いいえ。家は貧しいし僕は次男だし小さいし……。若衆が終わっても家には戻るな。正月とお盆にいつも言われているので」

 村から飛びだしたい奴、居場所がない奴。そんな奴らだけが集まりそうだ。
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