068 女の子
文字数 1,924文字
でかくて白い奴とちびで茶色い奴だけが戻ってきた。
「カツラたちはどうした?」
ガッサンとハグロに聞いても尻尾を振るだけだ。……人の気配はまったくないから、近辺の探索に二人だけで向かわせた。最も頼りになる二人に何かあったらと、ハシバミは不安になる。仲間たちを見わたす。
掘っ立て小屋は土台ができた。サジーはその戦力――。
ベロニカと目が合った。
「君は槍をいつも持ち歩いているよね?」
ゴセントがうるさくていつも弓を持ち歩くハシバミと二人が村をでる。
***
犬たちは先導しているみたいだ。ここで川を渡ったと尻尾を振って教えるけど、必要なく踏み跡で分かる。……なんとなくだけど、犬たちに緊迫感がない。
「こいつら抱っこしろと訴えているみたい」
ベロニカも同感のようだ。
「そうだとしたら、ベロニカはガッサンを頼む。――僕だけが行く。呼子笛が何度も聞こえたら、みんなを呼んで」
ハシバミは上流に10メートル移動してから泳いで渡る。ハグロがついてきた。流されたあとに対岸でハシバミを待つ。勇気ある奴だな。ガッサンは泳ごうとせず舌をだして見送った。
崖を登りやすそうな場所を探ったら二人の足跡があった。灌木をつかみ突き上げる。足もとで土が崩れて岩が転がる。ハグロも二度転がり落ちたが登りかえす。
ガードレールで柴犬の末裔を抱き上げてやる。アスファルトの跡地に下ろすなり駆けだす。ハシバミは弓を構えて後を追う。
ハグロが民家に向かう。他よりは持ちこたえている廃墟だ。ハシバミは笛を一度鳴らす。すぐに返事が来る。それでもハシバミは弓を構えながら進む。木の上に向かってハグロが執拗に吠える。ユドノが家から出てきた。一緒に吠えだしてうるさいくらいだ。樹上に猫がいた。
「そいつを食べたら静かにしろよ」
ハシバミが弓を猫へと構える。
「猫は友だちらしい」
シロガネの声が聞こえた。「私とカツラだと怯えるだけだ。ハシバミは見た目は やさしそうだから、話を聞きだしてくれ」
シロガネはすぐに屋内へ戻る。ハシバミは弓を降ろす。
***
黒い目の女の子。藤色に染めた木綿の服は頭からかぶるタイプ。贅沢にも膝下まである緩めのパンツも木綿だ。……汚れているけど長くて黒い髪。よく見ればかなり 汚れた服。でも正真正銘の女の子だ。震えながら銃を三人へ交互に向けている。ツユクサぐらい小柄。僕たちより年下かな。でも……子どもではない。
「じっとり見るなよ。なおさら怯えるぞ」
カツラにたしなめられる。「撃たれるぞ、ははは」
「猫を殺さないでと、それしか言わない。私は見張りにいく」
シロガネが背中を晒して部屋から出る。犬たちはまだ吠えている。
ハシバミは女の子から離れてしゃがむ。
「君は一人なの?」
この子は震えるだけだ。震える手でハシバミに銃口を向け――銃口がない? しかし、でかい銃だな、女子が持つには。
「怖がらなくていい。僕たちの村には掟がある。女性に手をだした者は追放もしくは縛り首だ。それは、よそのひとに対しての仕打ちも含まれる」
ハシバミは矢を向けたままで言う。「君の仲間は何人いるの? いまどこにいるの? それだけ教えてくれたら僕たちは帰る。教えてくれないならば、僕の仲間を呼ばないとならない。必要ない争いが起きるかもしれない。……銃をおろしてくれたら、僕も弓をおろす」
「銃にエネルギーは残っている。出力を絞れば最低三回は撃てる」
女の子が泣きながら言う。「二人は殺す。最後の一発は自分の脳みそに撃つ」
エネルギー? 弾のことか?
「だから、怖がる必要は――」
「死んだ体を好きにすればいい! 死んだ私の肉を食えばいい! 陰麓には必ず一人は道連れにしてやる」
ハシバミはカツラを振り返る。こいつはにやにや笑っていた。面白がっていやがる……。この子に人を殺す度胸はない。カツラの態度で知った。
「分かったよ。僕たちは戻る」
ハシバミは立ちあがる。厳しい顔になる。「長に伝えろ。僕たちはすぐ近くに住んでいる。友好的に接するならば僕たちも同様にする。でも敵対するならば、僕たちは全員が戦士だ。明日、十四人で回答を聞きに来る」
ハシバミは背を向けて立ちあがる。長居すべきではない。
「お前は腹が減っているのだろ? カブじゃなさそうだけど、仲間に捨てられたのか?」
カツラが女の子を笑う。返事はない。
カツラも肩をすくめて背を向ける。犬たちはまだ吠えている。
「あの犬は?」
女の子の声がした。「食べないの?」
ハシバミは振り返って告げる。
「仲間を食べるはずないだろ」
うす汚れた子がハシバミを見つめる。
「私の名前はキハル。……空の民の末裔」
この子は銃をおろしかける。「飛べるのは、もう私しかいないかも」
「カツラたちはどうした?」
ガッサンとハグロに聞いても尻尾を振るだけだ。……人の気配はまったくないから、近辺の探索に二人だけで向かわせた。最も頼りになる二人に何かあったらと、ハシバミは不安になる。仲間たちを見わたす。
掘っ立て小屋は土台ができた。サジーはその戦力――。
ベロニカと目が合った。
「君は槍をいつも持ち歩いているよね?」
ゴセントがうるさくていつも弓を持ち歩くハシバミと二人が村をでる。
***
犬たちは先導しているみたいだ。ここで川を渡ったと尻尾を振って教えるけど、必要なく踏み跡で分かる。……なんとなくだけど、犬たちに緊迫感がない。
「こいつら抱っこしろと訴えているみたい」
ベロニカも同感のようだ。
「そうだとしたら、ベロニカはガッサンを頼む。――僕だけが行く。呼子笛が何度も聞こえたら、みんなを呼んで」
ハシバミは上流に10メートル移動してから泳いで渡る。ハグロがついてきた。流されたあとに対岸でハシバミを待つ。勇気ある奴だな。ガッサンは泳ごうとせず舌をだして見送った。
崖を登りやすそうな場所を探ったら二人の足跡があった。灌木をつかみ突き上げる。足もとで土が崩れて岩が転がる。ハグロも二度転がり落ちたが登りかえす。
ガードレールで柴犬の末裔を抱き上げてやる。アスファルトの跡地に下ろすなり駆けだす。ハシバミは弓を構えて後を追う。
ハグロが民家に向かう。他よりは持ちこたえている廃墟だ。ハシバミは笛を一度鳴らす。すぐに返事が来る。それでもハシバミは弓を構えながら進む。木の上に向かってハグロが執拗に吠える。ユドノが家から出てきた。一緒に吠えだしてうるさいくらいだ。樹上に猫がいた。
「そいつを食べたら静かにしろよ」
ハシバミが弓を猫へと構える。
「猫は友だちらしい」
シロガネの声が聞こえた。「私とカツラだと怯えるだけだ。ハシバミは
シロガネはすぐに屋内へ戻る。ハシバミは弓を降ろす。
***
黒い目の女の子。藤色に染めた木綿の服は頭からかぶるタイプ。贅沢にも膝下まである緩めのパンツも木綿だ。……汚れているけど長くて黒い髪。よく見れば
「じっとり見るなよ。なおさら怯えるぞ」
カツラにたしなめられる。「撃たれるぞ、ははは」
「猫を殺さないでと、それしか言わない。私は見張りにいく」
シロガネが背中を晒して部屋から出る。犬たちはまだ吠えている。
ハシバミは女の子から離れてしゃがむ。
「君は一人なの?」
この子は震えるだけだ。震える手でハシバミに銃口を向け――銃口がない? しかし、でかい銃だな、女子が持つには。
「怖がらなくていい。僕たちの村には掟がある。女性に手をだした者は追放もしくは縛り首だ。それは、よそのひとに対しての仕打ちも含まれる」
ハシバミは矢を向けたままで言う。「君の仲間は何人いるの? いまどこにいるの? それだけ教えてくれたら僕たちは帰る。教えてくれないならば、僕の仲間を呼ばないとならない。必要ない争いが起きるかもしれない。……銃をおろしてくれたら、僕も弓をおろす」
「銃にエネルギーは残っている。出力を絞れば最低三回は撃てる」
女の子が泣きながら言う。「二人は殺す。最後の一発は自分の脳みそに撃つ」
エネルギー? 弾のことか?
「だから、怖がる必要は――」
「死んだ体を好きにすればいい! 死んだ私の肉を食えばいい! 陰麓には必ず一人は道連れにしてやる」
ハシバミはカツラを振り返る。こいつはにやにや笑っていた。面白がっていやがる……。この子に人を殺す度胸はない。カツラの態度で知った。
「分かったよ。僕たちは戻る」
ハシバミは立ちあがる。厳しい顔になる。「長に伝えろ。僕たちはすぐ近くに住んでいる。友好的に接するならば僕たちも同様にする。でも敵対するならば、僕たちは全員が戦士だ。明日、十四人で回答を聞きに来る」
ハシバミは背を向けて立ちあがる。長居すべきではない。
「お前は腹が減っているのだろ? カブじゃなさそうだけど、仲間に捨てられたのか?」
カツラが女の子を笑う。返事はない。
カツラも肩をすくめて背を向ける。犬たちはまだ吠えている。
「あの犬は?」
女の子の声がした。「食べないの?」
ハシバミは振り返って告げる。
「仲間を食べるはずないだろ」
うす汚れた子がハシバミを見つめる。
「私の名前はキハル。……空の民の末裔」
この子は銃をおろしかける。「飛べるのは、もう私しかいないかも」