069 いまだ友だち
文字数 2,304文字
「キハルちゃん。また明日来ると、長に間違いなく伝えて。僕たちも銃を持っているともね」
はったりの拳銃を持ってくればよかったなとハシバミは思う。今度こそ立ち去ろうとする。
「銃……ならば将軍の配下か?」キハルが低い声で言う。
撃たれるかもと、背中で感じた。
玄関からユドノが顔を覗かせる。弓で猫を射れと催促する。
「そいつらから奪った」
カツラがキハルへ答える。「俺たちの銃ははったり用だ。手入れの仕方を知っているか?」
この野郎はばらしやがった。
でもキハルは笑う。
「古い銃こそ長持ちする。知っていたら助けてくれる?」
「カツラ行こう。この子は引っ張っているかもしれない。そろそろ仲間が来るかも」
ハシバミは玄関から出る。シロガネは紺色のリュックサックを持っていた。
「無造作に転がしてあったが、あの娘のものだな。着替えらしきものとペットボトルとプラスチックでできた紙きれ(ラミネートされていること)。それだけだ」
「面白かったぜ」とカツラも出てくる。三人と二匹は帰路につく。
***
「ハシバミどうするのだ。まさか人が住んでいるとは思わなかった」
シロガネの“困ったときはハシバミ”が始まった。「だが少数だろう。おそらく親は狩りなどに出ている。娘の報告を聞いて、明日には消えているかもな。しかし居座っていたらどうする」
「それは相談して決める」
ハシバミもクロイミに丸投げする。
*
突き上げた地点のガードレールまで戻ってきた。カツラがおかしそうに大笑いしだす。愉快そうに二人を見る。
「空に逃げるかもな。よりによって空の民だとよ。しかも飛べるらしいぜ。丘の村に現れた空の民だって徒歩だったのにな」
空の民か……。
犬たちが転がるように川へと降りる。向こう岸で呼子笛とガッサンの鳴き声がした。
ハシバミは思う。僕はゴセントの兄だ。弟のような霊感はないにしても、デンキ様の預言を授かるなどないにしても……。
ハシバミはキハルの言葉を思いだす。後半は脅しもはったりもなかった。むしろすがっていた?
ハシバミは二人へと顔を向ける。背高い二人を少し見上げる感じになる。
「男が三人いるうえに犬が騒ぎ続ける。カツラやシロガネでも怯えるかもしれない。静かな環境で、僕はもう一度キハルと話してみる。二人は村に帰っていいけど、まだ誰にも喋るな」
言ってから思う。僕が女目当てに戻ると勘違いするかも。
でもこの二人は誰よりもまっすぐだ。カツラはハシバミの目をまっすぐに見返して告げる。
「だったら俺も行く。あの娘は何かを隠している。そんな気がしていた。……殴って喋らすわけじゃないぜ。俺はあの子に指先一本触れない。村の掟など関係ない。それが俺の掟だからだ」
ハシバミより先にカツラがきびすを返す。
ハシバミはカツラの後を追う。シロガネは犬を追い川へと降りる。
カツラは寄り道する。クワの木の枝を赤い実ごと数本斬りおとす。
*
キハルは同じ部屋にいた。薄茶にこげ茶の縞の猫を抱えていた。猫はユドノたちに追いつめられていたくせに、すでにふてぶてしい面 だ。人は怖くないらしい。
その飼い主は戻ってきた男二人に銃を向けなおす。
ハシバミは弓を肩にかけたままだ。
「腹の足しにならなくても元気になれる」
カツラがクワの枝をキハルへと投げる。
「本物の空の民なのか? それを確認するために戻った」
ハシバミは見おろしたまま尋ねる。
キハルは即座にうなずく。やや胸を張る。そのふくらみ……。
「俺たちは犬に名前をつけた。その猫にも名前があるのか?」
カツラが聞く。
「ないけど、トモって呼んでる。友だちだから」
キハルが猫の顎をなでながら言う。「民である証拠を見せたら殺さない?」
人と猫のどちらを? 僕たちが人殺しに見えるはずない。
「もし本当に一人きりならば、見せなくてもトモを犬にやらない」
ハシバミが答える。
キハルが立ち上がる。ハシバミよりもずっと小さい背丈。
「いまの世だからこそ人を信じろ。そのために信じられる人を見つけろ。お爺ちゃんが言っていた。ついてきて」
キハルが二人の間をすり抜ける。汗と垢の匂いしかしなかった。
***
キハルはリュックサックから昔の素材の服をだして重ね着する。手足の肌は赤色のナイロンに隠れたけど見るからに暑そう。三人は集落とつながった森へと行く。新しい森。陰気な森。下草の茨。
「勝者なき戦いの末期に現れた兵器を、人々を苦しめ続けた国から奪ったのが空の民。私たち子孫はそう聞いている」
キハルは身軽で藪の上を泳ぐように進む。とげを気にせず銃身でかき分ける。猫なんか彼女の頭に乗っている。
「原子力って奴で空に浮かぶ空母。空を覆うほどに大きかったらしいけど、母の世代も見ていない。それは地に落ちて燃えた」
昔話だ。似た話を聞いたとハシバミは思う。女の子の後を数歩離れて茨を踏み倒す。
「ソーラープレーン。この島の最後の技術の結晶。それだけが残った」
キハルが息切れしながら言う。「永遠に飛べる一人乗り飛行機。……永遠なんてあるはずないけど、それでもまだ少なくとも一台は生き延びている――生き延びていた」
キハルが立ち止まる。振り返る。
「これを運べるかな。そして羽根にたっぷりと太陽の光を当てる」
キハルの向こうに崖があった。開放的な谷底に大きな遺物があった。なおも錆びない黒光りする金属。それは十字であった。その一つ一つの断片は人の背丈ほど長い。
似てもいないのに……。ハシバミは思う。この形は似ていないけど似ている。まるで空を支配する鳥のような。
「翼だ」カツラがつぶやく。
トモという名の猫を抱えたまま、キハルが誇らしげにうなずく。
はったりの拳銃を持ってくればよかったなとハシバミは思う。今度こそ立ち去ろうとする。
「銃……ならば将軍の配下か?」キハルが低い声で言う。
撃たれるかもと、背中で感じた。
玄関からユドノが顔を覗かせる。弓で猫を射れと催促する。
「そいつらから奪った」
カツラがキハルへ答える。「俺たちの銃ははったり用だ。手入れの仕方を知っているか?」
この野郎はばらしやがった。
でもキハルは笑う。
「古い銃こそ長持ちする。知っていたら助けてくれる?」
「カツラ行こう。この子は引っ張っているかもしれない。そろそろ仲間が来るかも」
ハシバミは玄関から出る。シロガネは紺色のリュックサックを持っていた。
「無造作に転がしてあったが、あの娘のものだな。着替えらしきものとペットボトルとプラスチックでできた紙きれ(ラミネートされていること)。それだけだ」
「面白かったぜ」とカツラも出てくる。三人と二匹は帰路につく。
***
「ハシバミどうするのだ。まさか人が住んでいるとは思わなかった」
シロガネの“困ったときはハシバミ”が始まった。「だが少数だろう。おそらく親は狩りなどに出ている。娘の報告を聞いて、明日には消えているかもな。しかし居座っていたらどうする」
「それは相談して決める」
ハシバミもクロイミに丸投げする。
*
突き上げた地点のガードレールまで戻ってきた。カツラがおかしそうに大笑いしだす。愉快そうに二人を見る。
「空に逃げるかもな。よりによって空の民だとよ。しかも飛べるらしいぜ。丘の村に現れた空の民だって徒歩だったのにな」
空の民か……。
犬たちが転がるように川へと降りる。向こう岸で呼子笛とガッサンの鳴き声がした。
ハシバミは思う。僕はゴセントの兄だ。弟のような霊感はないにしても、デンキ様の預言を授かるなどないにしても……。
ハシバミはキハルの言葉を思いだす。後半は脅しもはったりもなかった。むしろすがっていた?
ハシバミは二人へと顔を向ける。背高い二人を少し見上げる感じになる。
「男が三人いるうえに犬が騒ぎ続ける。カツラやシロガネでも怯えるかもしれない。静かな環境で、僕はもう一度キハルと話してみる。二人は村に帰っていいけど、まだ誰にも喋るな」
言ってから思う。僕が女目当てに戻ると勘違いするかも。
でもこの二人は誰よりもまっすぐだ。カツラはハシバミの目をまっすぐに見返して告げる。
「だったら俺も行く。あの娘は何かを隠している。そんな気がしていた。……殴って喋らすわけじゃないぜ。俺はあの子に指先一本触れない。村の掟など関係ない。それが俺の掟だからだ」
ハシバミより先にカツラがきびすを返す。
ハシバミはカツラの後を追う。シロガネは犬を追い川へと降りる。
カツラは寄り道する。クワの木の枝を赤い実ごと数本斬りおとす。
*
キハルは同じ部屋にいた。薄茶にこげ茶の縞の猫を抱えていた。猫はユドノたちに追いつめられていたくせに、すでにふてぶてしい
その飼い主は戻ってきた男二人に銃を向けなおす。
ハシバミは弓を肩にかけたままだ。
「腹の足しにならなくても元気になれる」
カツラがクワの枝をキハルへと投げる。
「本物の空の民なのか? それを確認するために戻った」
ハシバミは見おろしたまま尋ねる。
キハルは即座にうなずく。やや胸を張る。そのふくらみ……。
「俺たちは犬に名前をつけた。その猫にも名前があるのか?」
カツラが聞く。
「ないけど、トモって呼んでる。友だちだから」
キハルが猫の顎をなでながら言う。「民である証拠を見せたら殺さない?」
人と猫のどちらを? 僕たちが人殺しに見えるはずない。
「もし本当に一人きりならば、見せなくてもトモを犬にやらない」
ハシバミが答える。
キハルが立ち上がる。ハシバミよりもずっと小さい背丈。
「いまの世だからこそ人を信じろ。そのために信じられる人を見つけろ。お爺ちゃんが言っていた。ついてきて」
キハルが二人の間をすり抜ける。汗と垢の匂いしかしなかった。
***
キハルはリュックサックから昔の素材の服をだして重ね着する。手足の肌は赤色のナイロンに隠れたけど見るからに暑そう。三人は集落とつながった森へと行く。新しい森。陰気な森。下草の茨。
「勝者なき戦いの末期に現れた兵器を、人々を苦しめ続けた国から奪ったのが空の民。私たち子孫はそう聞いている」
キハルは身軽で藪の上を泳ぐように進む。とげを気にせず銃身でかき分ける。猫なんか彼女の頭に乗っている。
「原子力って奴で空に浮かぶ空母。空を覆うほどに大きかったらしいけど、母の世代も見ていない。それは地に落ちて燃えた」
昔話だ。似た話を聞いたとハシバミは思う。女の子の後を数歩離れて茨を踏み倒す。
「ソーラープレーン。この島の最後の技術の結晶。それだけが残った」
キハルが息切れしながら言う。「永遠に飛べる一人乗り飛行機。……永遠なんてあるはずないけど、それでもまだ少なくとも一台は生き延びている――生き延びていた」
キハルが立ち止まる。振り返る。
「これを運べるかな。そして羽根にたっぷりと太陽の光を当てる」
キハルの向こうに崖があった。開放的な谷底に大きな遺物があった。なおも錆びない黒光りする金属。それは十字であった。その一つ一つの断片は人の背丈ほど長い。
似てもいないのに……。ハシバミは思う。この形は似ていないけど似ている。まるで空を支配する鳥のような。
「翼だ」カツラがつぶやく。
トモという名の猫を抱えたまま、キハルが誇らしげにうなずく。