034 早朝の歓待

文字数 2,047文字

「準備ができたよ」

 戻って三十分ぐらいで若い男が呼びに来た。カツラが長刀を背負うので、他の者も武器を手にする。不用心よりはましだ。十一人は連なってでる。

 草むしりされた広いアスファルトの残骸。駐車場の跡地に、村人が三十名ほどいた。歓待の場に現れた若い武装集団を見て、彼らの空気がちょっと変わった。
 距離を開けてハシバミたちの席が用意されていた。全員で円を描くように地面に直接腰をおろす。……男女は半々。子どもが数名で四十代後半(老 人)はいない。さすがに百人以上現れないか。自分たちの世代は男女とも見かけられない。いつもの若者二人組は配膳係だ。

 塩漬けされた山菜。ハヤの燻製。採れたての馬鈴薯を煮たのは醤油味。大豆入りでうまかった。鹿の干し肉も一人一枚配られた。酒は朝からあるはずなし。今朝仕留めたタヌキもなかった。
 ファウメイ=ツィングともう一人の女性がそれぞれの木の器に湯を注いでくれた。間近で見ると二十代半ばほどだろうか。顔半分しか見えなくても、どちらも美しく感じた。

「ニワトリが三十羽以上もいた。まとめて飼っていた」
 彼女たちが離れたところでツヅミグサが小声で言う。こいつは村の探検をした。「一羽ぐらい絞めてくれてもいいのに」

「一羽をこの人数で分けるのか? 卵を産ませ続けるほうがいい」
 サジーが大声で言う。

「満足できなさそうですが、最後に村の自慢料理をどうぞ」

 バオチュンファも声を高めて言う。ビワと梅の実と蜂の子を煮たのが出てきた。不思議な甘み。
 ハシバミはツユクサの隣に座るゴセントを覗く。料理にほとんど手をつけていない。弟は気分にむらがある。それにだけ合わせるわけにもいかない。

 

「どの料理もおいしかった。数日ぶりにまともなものを食べさせてもらえた。ありがとう」

 全員が食べ終わったのを確認して、シロガネが口を開く。静かな会食は終わった。ここからが団欒のひとときだ。

「屋外だし個々の距離も開けてある。語らいを邪魔するものはない」
 バオチュンファが話しだす。

「もういやだ」とゴセントが立ち上がる。ホテルでなく、彼らが現れた林への道へ駆けだす。

「あの馬鹿は」ハシバミが槍と弓を持ち立ちあがる。「僕だけでいい」

「あの子はたまにああなる」

 シロガネが落ち着いて説明するの聞きながらあとを追う。

「例の病で両親が同時にみまかってから――」

 *

「いい加減にしろ。僕でもかばいきれない」

 あらたに育ち始めたオンコの木の下で追いつく。ゴセントの肩を強く引く。こいつは結局温泉に入らず沢の水を布に浸して身を洗った。集団からひとりだけ浮きはじめている。

「不自然すぎる。ここは自然じゃない」

 弟は兄の手を払いのけようとするけど、力では勝てない。槍を持ったままの手で無理やり体を向けさせられる。
 オンコの木でシジュウカラが鳴いている。茂みからメジロのか細い声がする。

「ここは昔からの村だ。自然であるはずない。とにかくみんなのもとへ戻ろう。黙っていていいし、どうせすぐに終わる。そしたらあの荒れた畑を手入れしてやろう」

「僕は絶対に手伝わない」
 ゴセントが低い声で言う。「君はニワトリだ。飼われたニワトリがお礼に卵を産むみたいだ」

「僕を怒らせるなよ。ニワトリ扱いされたからじゃない。根無し草の僕たちを保護してくれたんだ。ここを立ち去るにしても、形になるお礼をしてからにしたい。それだけのことだよ」

 ゴセントは真っ黒の瞳でハシバミを見ていたけど、あきらめたように目をはずす。

「議論しようなんて、馬鹿だよな、僕は。……ハシバミ、ここの人たちはおかしいよ。僕たちを嫌っているのに招いている。それが自然じゃないんだ」
「カブのせいだよ。僕たちが健康であるのを知れば自然に接してくれる。ヤイチゴが鼻を覆わなくなっただろ」

 ハシバミは無理やりゴセントを引きずる。弟はあきらめて自分の足で歩きだす。お互いに無言のままだった。

 *

 四十人の輪も盛り上がらずに無言のままだった。ハシバミはゴセントと席をチェンジしてクロイミの隣に座る。

「シロガネがここまでの旅を話したんだけど、反応なし」
 クロイミが寄ってきて小声で報告する。

「たいへんな苦労をしてきたのだね」
 バオチュンファが髭の中に笑みを作る。「そろそろ七時になるが、もうひとつぐらい素敵な話を聞けるかな」

 ハシバミは囲んだ村人たちを眺める。僕たちの話など興味ないし期待してない面だった。でも自分たちには物語の名手がいる。

「では、ツヅミグサにアイオイ親方の話をしてもらおう。この昔話ならば多くの村が知っていますよね」

「もちろんですとも」とバオチュンファがうなずく。
「どの話にする?」ツヅミグサが顔を乗りだして聞いてくる。

 長すぎない話……。「『陸将の倉庫』がいいかな」

 それを聞き、ツヅミグサが自信ありげに立ちあがる。

「『陸将の倉庫』を語らせてもらいます」

「知らない話かもしれないです。楽しませてもらいますよ」
 バオチュンファが姿勢をただす。

「そうするがいいさ」
 カツラがあくびを殺す。
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