049 取り残されていた場所
文字数 2,065文字
「こっちはまずまずだったよ。大木を数十本倒して、水を麓まで汲みにいけばすぐにでも村ができる。サジーが毎日イノシシを捕まえてくれるし」
ツヅミグサが槍先を砥石で研ぎながら言う。
「本気にしないよね。丘は川へと終わる感じだった。台地状で畑の痕跡もあったけど、盆地から丸見えなのが厳しい。いろんなのが訪ねてきそうな場所」
クロイミが草鞋を締めなおしたあとにハシバミを見上げる。
「ずばりクロイミの結論は?」
「一時間も歩かないならば、そっちに行くべきかも。でも山の中だろ。コウとリンが進むかな?」
「空荷にして連れていく。代わりにクロイミが荷物を持って」
ハシバミの言葉をクロイミが真に受けて、ぎょっとした顔をする。
「申し訳ないが、俺に背負わせるのは勘弁してくれ」
座ったままのカツラが言う。ここ数日髭を剃ってないから、なおさら人相が悪くなっている。
カツラの傷が浅いはずなかった。歩かなければ置いていかれる。頼らなければ歩けなくなる。怪我の功名などと言うと殴られるが、傲慢で横柄だった彼も協調と卑下を知った。
荷物も十一人で分配すればそれほどではなかったが、テントなどの大物は結局サジーが引き受ける。
「では出発するよ」
荷物で頭部が見えないヤイチゴを先頭に、十二人と牛二頭は道の痕跡を離れる。ゴルフ場の廃墟へは迂回すればアスファルトからたどり着けるかもしれない。地図があり崩れてなければの話だ。
「こいつらは道なき道もふつうに歩けるじゃないか」
シロガネが呆れたように言う。「しかも笹や葉を食べながらだ。俺たちより逞しいぞ」
「それに糞をどこでもするし。ベロニカが滑って転んだし」
アコンが笑う。
「それはもう言うな」ベロニカが渋い顔をする。
「だったら荷物を戻す?」
牛よりもはるかにへこたれているツユクサが言う。
「このまま行こう」
ハシバミが牛をひきながら言う。荷分けなんて面倒くさい。
そうは言っても牛の歩みに合わせるので、時間は予定より食ってしまった。朝食を食べたきりだから腹が減る。尾根が狭くて牛が通れない箇所では、わざわざサジーが斧で伐採した。
「これでも歩けないというならば、斧で頭をかち割るからな。レバーは俺がいただく」
「サジー。そんなことを言うなよお。かわいそうだろお」
「同級生の頼みならばゆるしてやるか。さあコウ歩くぞ」
「その子はリンだよお」
牛たちが歩きだす。やがて枝に布が見えた。
「カツラがんばれよ。もう少しだ」ハシバミが後方に声かける。
「たっぷり休ませろだって」背後のゴセントが伝言を伝える。
ゆるやかな下りの傾斜。十二人はゴルフ場であった疎林にでる。牛たちがモーと何度も鳴く。うれしそうに。
***
小さな池のほとりで荷物を下ろす。水はよどんでいるが、平地に比べたらはるかに清潔だ。とは言っても飲み水にはつかえないレベル。アスファルトの小道の跡が建物へとつながっている。
「ここは忌むべき場所ではないのか? 条件が良すぎるのに手つかずとは何かあるはずだ」
シロガネがみんなに言う。
後ほど周囲の偵察で気づくことだが、このゴルフ場につながる車道は大規模に崩落していた。それはまだ文明が残っていた頃の話だったが、もはや直されることなく集落ごと見捨てられた。なので、クラブハウスの跡地は風雪にしか荒らされていなかった。
そんなことを知る由なく、十二人は一気に不安になる。だったら調べろよと、荷物に座ったカツラが言う。
「昔の建物を調べるのは意味ないと思う」
ゴセントがふいに言う。「これからの僕たちはそれに頼るべきでないかもしれない」
「利用できるならば利用すべきだ」
アコンが反論する。「ゴセント、そんな目で見るなよ。いまの僕らには休める場所が必要だ。それだけの話だ」
ゴセントよりアコンのが正論だ。でもゴセントのご神託こそ真実に近いのだろう。
「頼らなければいいのだろ? とりあえず僕が見てくる」
ハシバミが弓と槍を持つ。
「一人ではダメだよ」
ゴセントがすかさず言う。「今日の話ではない。ハシバミはこれからも一人で動いてはいけない」
弟の意見に従い、比較的元気なツヅミグサとコウリンとともにクラブハウスに行くことにする。選ばれなかったクロイミとツユクサがほっとする。
「では、私たちは水を汲みに行こう」
シロガネが鍋やバケツを取りだす。「そうだな。元気そうなクロイミと荷物がちいさかったツユクサが付き合ってくれ。他の者は見張りだ」
ベロニカも志願して、四人が沢の音へと降りていく。草をたらふく食べたコウとリンは足を折って休んでいる。
*
「俺たちの仲間は五十人だ。しかも銃を持っている。三人で五百人倒せる」
ツヅミグサが廃墟へと声かける。人がいようがいまいが返事はない。
「中に入る前にまわりを探ろう」
ハシバミを先頭に三人は藪を漕ぎ、長方形のクラブハウスを一周する。高床みたいになっているのは豪雪地帯だった時代の名残りだろう。むきだしの窓ガラスに完全に割れたものは少ない。
アルミ製の雨戸はほとんど生き延びている。遠くない山で鹿が鳴いた。
ツヅミグサが槍先を砥石で研ぎながら言う。
「本気にしないよね。丘は川へと終わる感じだった。台地状で畑の痕跡もあったけど、盆地から丸見えなのが厳しい。いろんなのが訪ねてきそうな場所」
クロイミが草鞋を締めなおしたあとにハシバミを見上げる。
「ずばりクロイミの結論は?」
「一時間も歩かないならば、そっちに行くべきかも。でも山の中だろ。コウとリンが進むかな?」
「空荷にして連れていく。代わりにクロイミが荷物を持って」
ハシバミの言葉をクロイミが真に受けて、ぎょっとした顔をする。
「申し訳ないが、俺に背負わせるのは勘弁してくれ」
座ったままのカツラが言う。ここ数日髭を剃ってないから、なおさら人相が悪くなっている。
カツラの傷が浅いはずなかった。歩かなければ置いていかれる。頼らなければ歩けなくなる。怪我の功名などと言うと殴られるが、傲慢で横柄だった彼も協調と卑下を知った。
荷物も十一人で分配すればそれほどではなかったが、テントなどの大物は結局サジーが引き受ける。
「では出発するよ」
荷物で頭部が見えないヤイチゴを先頭に、十二人と牛二頭は道の痕跡を離れる。ゴルフ場の廃墟へは迂回すればアスファルトからたどり着けるかもしれない。地図があり崩れてなければの話だ。
「こいつらは道なき道もふつうに歩けるじゃないか」
シロガネが呆れたように言う。「しかも笹や葉を食べながらだ。俺たちより逞しいぞ」
「それに糞をどこでもするし。ベロニカが滑って転んだし」
アコンが笑う。
「それはもう言うな」ベロニカが渋い顔をする。
「だったら荷物を戻す?」
牛よりもはるかにへこたれているツユクサが言う。
「このまま行こう」
ハシバミが牛をひきながら言う。荷分けなんて面倒くさい。
そうは言っても牛の歩みに合わせるので、時間は予定より食ってしまった。朝食を食べたきりだから腹が減る。尾根が狭くて牛が通れない箇所では、わざわざサジーが斧で伐採した。
「これでも歩けないというならば、斧で頭をかち割るからな。レバーは俺がいただく」
「サジー。そんなことを言うなよお。かわいそうだろお」
「同級生の頼みならばゆるしてやるか。さあコウ歩くぞ」
「その子はリンだよお」
牛たちが歩きだす。やがて枝に布が見えた。
「カツラがんばれよ。もう少しだ」ハシバミが後方に声かける。
「たっぷり休ませろだって」背後のゴセントが伝言を伝える。
ゆるやかな下りの傾斜。十二人はゴルフ場であった疎林にでる。牛たちがモーと何度も鳴く。うれしそうに。
***
小さな池のほとりで荷物を下ろす。水はよどんでいるが、平地に比べたらはるかに清潔だ。とは言っても飲み水にはつかえないレベル。アスファルトの小道の跡が建物へとつながっている。
「ここは忌むべき場所ではないのか? 条件が良すぎるのに手つかずとは何かあるはずだ」
シロガネがみんなに言う。
後ほど周囲の偵察で気づくことだが、このゴルフ場につながる車道は大規模に崩落していた。それはまだ文明が残っていた頃の話だったが、もはや直されることなく集落ごと見捨てられた。なので、クラブハウスの跡地は風雪にしか荒らされていなかった。
そんなことを知る由なく、十二人は一気に不安になる。だったら調べろよと、荷物に座ったカツラが言う。
「昔の建物を調べるのは意味ないと思う」
ゴセントがふいに言う。「これからの僕たちはそれに頼るべきでないかもしれない」
「利用できるならば利用すべきだ」
アコンが反論する。「ゴセント、そんな目で見るなよ。いまの僕らには休める場所が必要だ。それだけの話だ」
ゴセントよりアコンのが正論だ。でもゴセントのご神託こそ真実に近いのだろう。
「頼らなければいいのだろ? とりあえず僕が見てくる」
ハシバミが弓と槍を持つ。
「一人ではダメだよ」
ゴセントがすかさず言う。「今日の話ではない。ハシバミはこれからも一人で動いてはいけない」
弟の意見に従い、比較的元気なツヅミグサとコウリンとともにクラブハウスに行くことにする。選ばれなかったクロイミとツユクサがほっとする。
「では、私たちは水を汲みに行こう」
シロガネが鍋やバケツを取りだす。「そうだな。元気そうなクロイミと荷物がちいさかったツユクサが付き合ってくれ。他の者は見張りだ」
ベロニカも志願して、四人が沢の音へと降りていく。草をたらふく食べたコウとリンは足を折って休んでいる。
*
「俺たちの仲間は五十人だ。しかも銃を持っている。三人で五百人倒せる」
ツヅミグサが廃墟へと声かける。人がいようがいまいが返事はない。
「中に入る前にまわりを探ろう」
ハシバミを先頭に三人は藪を漕ぎ、長方形のクラブハウスを一周する。高床みたいになっているのは豪雪地帯だった時代の名残りだろう。むきだしの窓ガラスに完全に割れたものは少ない。
アルミ製の雨戸はほとんど生き延びている。遠くない山で鹿が鳴いた。