077 隣村
文字数 2,161文字
まだ探らないと決めていたアスファルトの残骸を、ハシバミはツユクサと二人でのんびり進む。山を削り作られた道だから土砂と草でほぼ自然に戻っている。それでもまだまだ歩きやすい。
村なんて見つからなくていい。最も従順な仲間と歩くだけで、ただただ冒険心が満たされる。もちろん発見があれば最高だ。村があり人がいるならば痕跡にぶつかるはず。でもそこにたどり着くには丸一日かかるらしい。
太陽はまだやさしい。途中の沢でペットボトルを満たす。足を休め、ライデンボクの村の昔話をする。
腕時計が七時になった。水舟丘陵をでてから三時間が過ぎた。二人は再び歩きはじめる。アスファルトの跡はたどれるけど、崩壊していない橋がない。そのたびに渡渉する。
あと一時間だけ下ってみよう。そのあとは肌を焼かれながら村まで登らないとならないな。
*
「まいったな」ハシバミがつぶやく。
「なにか問題が?」ツユクサが横に来る。
歩きだして四時間。そろそろ引き返そうとしたところで、痕跡どころか人そのものに出くわしてしまった。
二人の子どもが川で水浴びしている。ハシバミたちには気づいていないようだ。ハシバミが指さして、遠すぎて点にしか見えないものを、ツユクサもようやく発見する。
「なんで見つけられるの? なんで子どもって分かるの? どっちにしろ村はすぐそばだね」
ツユクサは帰りたそうな気配だ。ハシバミにしても、この出会いが幸運なのか不運なのか分からない。だったらするべきことはひとつ。
「せっかくだから話してみよう」
大人がいるかもしれない。それでもハシバミは弓を背負ったままで道を進む。ツユクサは従順にハシバミの後を追う。背後に警戒しながら。
数分歩いてようやく子どもたちが二人に気づいた。笛を鳴らされたら弓をおろそう。でも男の子二人は固まるだけだ。ハシバミはそのもとまで歩む。五六歳ぐらいかな。周囲を再三警戒した後に、子どもの前で腰を下ろす。
「村はどこ?」彼らの目線の高さに合わせて尋ねる。
子どもたちは、その位置を教えるなと教育されていた。でも、やさしくも怖くもないのに、ハシバミは自然に従わせる雰囲気を持っていた。
「む、村じゃない。ナトハン家は道の向こう。沢を登ってすぐ」
子どもがハシバミたちが降りてきた場所を指す。
「ほんとうに? だったらお兄ちゃんはその家を見てくる。僕たちは悪い人じゃないから怖がらなくていい。でも嘘だったら、こっちのお兄ちゃんが怒るよ。見せてあげて」
「なにを? あっ、あれか」
ツユクサがビニール袋から拳銃をだす。子どもたちの顔色は変わらない。この村は銃を知らないのかも。
「僕たちが戻るまでここにいること」
命じてハシバミは立ちあがる。アスファルトへと戻る。この小さい沢が道か……。段差を利用してうまいこと隠されている。ブルーミーでも見落とすだろう。
「近い村を見つけたね。帰って自慢できる」
ツユクサが言う。
「近すぎるよ。そしてまだ戻らない。さらに確認しよう」
ハシバミが沢へと入る。「きっと想像以上に小さな村だ」
「やめるべきだと思う」ツユクサが背後で言う。
怖がりめと、最初に思った。違うな、この子は意外に度胸がある。つまりツユクサこそ正しいだろう。
だからハシバミは考えを改める。
「僕だけが行く。君は子どもたちを見張っていて。僕は一人だから無茶できない。偵察だけ」
ツユクサはさらになにか言いたげだったが、ハシバミは返事を聞かずに沢を詰める。どうせ子どもが僕たちのことを報告する。だったら警戒される前に村を見ておくべきだ。
子どもたちが拳銃を見せられたときに心の中で、“ちっちゃい銃だな”と思っていたなど二人が知るはずない。
***
沢は予想以上に急こう配で途中で張りつくように登った。ミソサザイがハシバミの顔の前に着地してさえずった。
そこを過ぎると急激に緩やかになった。北が住みづらくなって夏も居着くようになったアトリが、どこかでコマドリと鳴きあっている。センダイムシクイの鳴き声もした。……ニワトリの声もした。沢を離れる踏み跡を見つけた。
ハシバミは弓を手にする。尾根をトラバースしながら下る道をゆっくりと進む。人と出くわした。
黒髪の女性。ハシバミよりは年上。
「声をだすな。危害は与えない」
ハシバミは矢を向ける。「僕は一人きりの放浪者だ。この村について知りたい」
「……子どもたちは?」
女性が口を抑えながら言う。恐怖よりも勝るものがある母親の顔だ。
「じつはもう一人いる。そいつが見張っている。何もしていない」
ハシバミは言いながらも心で舌を打つ。
もう一人女性が降りてきた。やはり黒髪。くっきりした目鼻立ち。
「じつは仲間はたっぷりといる。でも騒ぎを起こしたくない。村の人数を教えろ」
「……わ、私はヨツバ。この人はホシグサ」
後から来た女性が言う。「ホシグサの子どもたちはどうしたの?」
川原の子どもたちのことだろうけど。
「二人は元気なままだ。僕はもう出ていくから心配しないでくれ。村のことだけを教えてほしい」
大失敗だと感じながら言う。
「村は私とローリー。ホシグサとニシツゲ。その子どもが二人。それとナトハン家の一族が子も含めて七人」
ヨツバがハシバミの目を見ながら言う。「お願いです。私たちをここから逃してください」
村なんて見つからなくていい。最も従順な仲間と歩くだけで、ただただ冒険心が満たされる。もちろん発見があれば最高だ。村があり人がいるならば痕跡にぶつかるはず。でもそこにたどり着くには丸一日かかるらしい。
太陽はまだやさしい。途中の沢でペットボトルを満たす。足を休め、ライデンボクの村の昔話をする。
腕時計が七時になった。水舟丘陵をでてから三時間が過ぎた。二人は再び歩きはじめる。アスファルトの跡はたどれるけど、崩壊していない橋がない。そのたびに渡渉する。
あと一時間だけ下ってみよう。そのあとは肌を焼かれながら村まで登らないとならないな。
*
「まいったな」ハシバミがつぶやく。
「なにか問題が?」ツユクサが横に来る。
歩きだして四時間。そろそろ引き返そうとしたところで、痕跡どころか人そのものに出くわしてしまった。
二人の子どもが川で水浴びしている。ハシバミたちには気づいていないようだ。ハシバミが指さして、遠すぎて点にしか見えないものを、ツユクサもようやく発見する。
「なんで見つけられるの? なんで子どもって分かるの? どっちにしろ村はすぐそばだね」
ツユクサは帰りたそうな気配だ。ハシバミにしても、この出会いが幸運なのか不運なのか分からない。だったらするべきことはひとつ。
「せっかくだから話してみよう」
大人がいるかもしれない。それでもハシバミは弓を背負ったままで道を進む。ツユクサは従順にハシバミの後を追う。背後に警戒しながら。
数分歩いてようやく子どもたちが二人に気づいた。笛を鳴らされたら弓をおろそう。でも男の子二人は固まるだけだ。ハシバミはそのもとまで歩む。五六歳ぐらいかな。周囲を再三警戒した後に、子どもの前で腰を下ろす。
「村はどこ?」彼らの目線の高さに合わせて尋ねる。
子どもたちは、その位置を教えるなと教育されていた。でも、やさしくも怖くもないのに、ハシバミは自然に従わせる雰囲気を持っていた。
「む、村じゃない。ナトハン家は道の向こう。沢を登ってすぐ」
子どもがハシバミたちが降りてきた場所を指す。
「ほんとうに? だったらお兄ちゃんはその家を見てくる。僕たちは悪い人じゃないから怖がらなくていい。でも嘘だったら、こっちのお兄ちゃんが怒るよ。見せてあげて」
「なにを? あっ、あれか」
ツユクサがビニール袋から拳銃をだす。子どもたちの顔色は変わらない。この村は銃を知らないのかも。
「僕たちが戻るまでここにいること」
命じてハシバミは立ちあがる。アスファルトへと戻る。この小さい沢が道か……。段差を利用してうまいこと隠されている。ブルーミーでも見落とすだろう。
「近い村を見つけたね。帰って自慢できる」
ツユクサが言う。
「近すぎるよ。そしてまだ戻らない。さらに確認しよう」
ハシバミが沢へと入る。「きっと想像以上に小さな村だ」
「やめるべきだと思う」ツユクサが背後で言う。
怖がりめと、最初に思った。違うな、この子は意外に度胸がある。つまりツユクサこそ正しいだろう。
だからハシバミは考えを改める。
「僕だけが行く。君は子どもたちを見張っていて。僕は一人だから無茶できない。偵察だけ」
ツユクサはさらになにか言いたげだったが、ハシバミは返事を聞かずに沢を詰める。どうせ子どもが僕たちのことを報告する。だったら警戒される前に村を見ておくべきだ。
子どもたちが拳銃を見せられたときに心の中で、“ちっちゃい銃だな”と思っていたなど二人が知るはずない。
***
沢は予想以上に急こう配で途中で張りつくように登った。ミソサザイがハシバミの顔の前に着地してさえずった。
そこを過ぎると急激に緩やかになった。北が住みづらくなって夏も居着くようになったアトリが、どこかでコマドリと鳴きあっている。センダイムシクイの鳴き声もした。……ニワトリの声もした。沢を離れる踏み跡を見つけた。
ハシバミは弓を手にする。尾根をトラバースしながら下る道をゆっくりと進む。人と出くわした。
黒髪の女性。ハシバミよりは年上。
「声をだすな。危害は与えない」
ハシバミは矢を向ける。「僕は一人きりの放浪者だ。この村について知りたい」
「……子どもたちは?」
女性が口を抑えながら言う。恐怖よりも勝るものがある母親の顔だ。
「じつはもう一人いる。そいつが見張っている。何もしていない」
ハシバミは言いながらも心で舌を打つ。
もう一人女性が降りてきた。やはり黒髪。くっきりした目鼻立ち。
「じつは仲間はたっぷりといる。でも騒ぎを起こしたくない。村の人数を教えろ」
「……わ、私はヨツバ。この人はホシグサ」
後から来た女性が言う。「ホシグサの子どもたちはどうしたの?」
川原の子どもたちのことだろうけど。
「二人は元気なままだ。僕はもう出ていくから心配しないでくれ。村のことだけを教えてほしい」
大失敗だと感じながら言う。
「村は私とローリー。ホシグサとニシツゲ。その子どもが二人。それとナトハン家の一族が子も含めて七人」
ヨツバがハシバミの目を見ながら言う。「お願いです。私たちをここから逃してください」