058 なおも盟友

文字数 2,042文字

 熊と犬。三頭の獣がこちらを見た。すぐにうなりあいに戻る。同じ岸にいる僕たちに気づいても、それどころではないらしい。
 ハシバミは立ちあがる。同時に矢を射る。15メートルほどの距離。
 えっ?
 矢は背中に刺さることなく地面に落ちる。熊は気にもしない。
 もっと強い弓でないと駄目なのか。父の形見のような……。あの頃はあの弦を引ききれなかった。だから上士が持っていった。いまの弓で狩るならば。

「近づこう」

 ハシバミはむき出しになり駆ける。シロガネも続く。彼の腕でも接近すれば当てられる。矢の威力はハシバミに勝る。
 熊が二人を見る。四つん這いのまま威嚇の吠え声をあげる。その背中へと、二頭の犬が吠える。ついでにハシバミたちへも吠える……。犬どもに熊を倒せそうに見えない。遠巻きで賑やかに吠えるだけ。こいつらは、どんな狩りをしてきたんだ。もっと強い奴と組まないと――。

「ひっほー」
 カツラが長刀を持って躍りでた。「囲め、囲め。逃がすな」

 そうは言っても熊に近寄らない。犬もカツラから距離を開ける。……カツラは蛮勇ではない。むしろずるく立ち回る。なるほどな。なにげに川の流れに飛びこめる位置を確保していやがる。
 7メートルの距離。ハシバミはさらに強く弓を引く。熊の胸に浅く刺さった。熊は怒りの咆哮をあげる。シロガネも射る。この距離で外すなよ。

 熊が立ち上がる。その足を大きいほうの白い犬が噛む。熊がしゃがんで振り返る。犬はすでに離れて……熊の首筋がむき出し。

 ぴゅっ

 ハシバミの矢が刺さる。二の矢を放つ。払おうとした凶悪な手に刺さる。
 とにかく放て。急所に数多く刺せば気力こそを削る。次の矢は頭蓋に当たり落ちる。

「動きすぎだ。ハシバミはなぜ当てられる」

 シロガネの矢はまた外れる。弓を捨てて槍をかまえる。

 動きを予測しろ。ハシバミは矢をつがえるのも早い。次のは、いわゆる盆の窪に突き刺さった。
 熊がうめき声を漏らす。振り向いてハシバミを見る。同時に四つ足で駆けだす。肉球に刺さった矢が折れる。

「はやっ!」カツラが叫んだ。

 熊は川原の石などかまいもせずに、一直線にハシバミへと向かう。2メートル50センチの距離。ハシバミは目を狙う。放つと同時に川へ飛び込む。
 熊が狂ったように吠えた。水へと追いかけてこないようなので、ハシバミは即座に陸に上がる――。10メートルの距離で再び熊と目が合う。
 片目に矢を生やしたまま、熊はハシバミへと飛ぶように走ってくる。シロガネの投げた槍は届かない。

ハッハッハッ

 鼓舞するようなリズミカルな呼吸音。
 下流からなにかが駆けてきた。濡れそぼった毛皮。さきほど川に流された黒鹿毛の中型犬だ。そいつはハシバミを追い越し、熊の前足を噛む。ハシバミだけに目を向けていた熊が転がる。
 二頭の犬も興奮しながらやってくる。そいつらを追うように、鬼の形相のカツラもやってきた。

「とやー!」

 背中に飛び乗り、熊の首へと長刀をおろす。太刀筋は逸れて致命傷にならない。
 熊はカツラをはらい落とす。立ちあがった両足に三頭の犬が交互に襲いかかる。熊は座りこむ。シロガネが2メートルの距離から立て続けに弓を射る。
 振り向いた背中へとカツラが長刀を突き刺す。内臓を貫かれ、熊は悲鳴を上げる。逃げようとして数メートルで足が崩れる。

 犬たちはすでに遠巻きにしている。

 ハシバミは弓を川原に捨てたから、人の頭ほどの石を持つ。
 カツラは首を何度も(つつ)いていたが、ハシバミの手もとを見る。

「それだな」

 熊の頭ほどの石を持ちあげる。幾度も振り下ろす。
 熊は動かなくなる。

 ***

 シロガネは応援と道具を取りに戻った。

「犬どもにやるだと? しかし固い肌だな」
 長刀で解体を始めたカツラがしかめ面をする。「こいつらは遠巻きに吠えるだけだったぜ。俺たち三人が仕留めた」

「うん。でもこいつらが見つけた。僕たちに教えてくれたようなものだ。熊が僕に向かってきたときにも、後ろから襲ってくれた。黒いのはこいつの足を噛んでくれた。あれがなければ、僕はざっくり裂かれていた。それに、こいつらは待っている」

 三頭の犬は、今度はハシバミとカツラを遠目で見ている。吠えたりしない。

「くせっ! こいつは何を食っていたんだ? 分かったよ、ほれ、ハラワタだ。こうも臭いと、おそらくサジーも食べん」

 カツラが内臓を放る。犬たちは報酬へとすぐに飛びかかる。尻尾を振る。

「ははは、意外にかわいい奴らだな。レバーもやるか」

 熊の血で真っ赤なカツラが笑う。
 たしかにこいつの顔よりはかわいいなと、ハシバミは思う。

 *

 援軍が四人降りてきても、犬たちは離れようとしなかった。それどころか村に戻る若者たちの後を追う。

「奪うつもりじゃないだろな?」
 ハツも食べられなかったサジーが犬たちをにらむ。

「違う。一緒にいたいのだよ」

 ハシバミが答える。犬たちの不器用な狩りを思いだす。そら豆畑の村の男が朴訥に語った言葉も思いだす。

 犬は人に従う。犬こそそれを望んでいる。
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