011 最初の夜
文字数 1,570文字
インターネットも印刷もなくなった時代。文字は細々と生き延びていたけど、口伝が情報のメインに戻っていた。
アイオイ親方の話は、この地方の子どもが一度は聞いたことがある物語。みんなを生かす親方という意味らしい。地球に色々起きてほとんどが砂漠になり、残りが水浸しになってから、みんなを導いた親方。
「ハシバミ、ここでたっぷり休憩するぞ。三時間は歩き続けたからな。おちびちゃんがまいっている。デブもだ」
カツラが言うように、ゴセントとツユクサが座りこんでいた。コウリンなど横になっている。
「建物は異常なかった」
シロガネがサジーとともに戻ってきた。「最初の夜だ。水もあるし、ここで飯を食べよう。さすがに上士たちも今夜は追ってこないだろう」
「ご飯だって?」コウリンが起きあがる。
「麦はまだ炊かない」ハシバミは言う。あれは大事に取っておく。
「そりゃ残念だ」サジーが笑う。「だが廃墟のまわりに虫がたっぷりだ」
*
ハシバミはベロニカと見張りを買ってでる。はずれ者であったベロニカは仲間に加わるために。ハシバミは虫を食いたくないから。この時代の主要な蛋白質はたしかにあいつらだけど、ハシバミは子どものころから抵抗があった。イナゴは好きだ。コオロギは食べられる。芋虫も小さいのならよく炒めて目をつぶって飲み込めば……他はダメだ。
ハシバミはリュックサックから干し肉をだす。半分にちぎる。
「うさぎだけど食べる?」ベロニカに渡す。
「あ、ありがとうございます」
ベロニカは当然受け取る。これで共犯者だ。自分で春先に作ったものであろうと独占はよくない。だから隠れて食べる。
「さっきはありがとう。君とアコンがホソバウンランを倒さなければ、僕たちはあそこで捕まっていた」
「たぶん槍は三センチも刺さらなかったです。あいつは生きている。それが心残りです」
ホソバウンランは、弱い奴誰にでも分け隔てなく接していたようだ。
「僕のことは知っていた?」
「いいえ。話したことがあるのはツヅミグサさんだけです。あの人は子どものときに村に来たことがあったそうです。お話婆さんを知っていました」
川を挟んだ村とはもちろん交遊があったし、ハシバミも何度も好奇心がてらに渡っていた。お話婆さんも知っていた。
「懐かしいな。僕もアイオイ親方の話を聞いたよ。まるでそこにいるかのようだった。おっ」
ランプの明かりが建物からでてきた。
「交代するよ」
槍を持ったクロイミが言う。隣には弓を持ったアコンがいた。互いの手のひらでタッチして、ハシバミはドライブインの半分くずれた廃墟に向かう。
「干し肉は内緒にね」ベロニカに小声で笑う。「僕の分の虫もあげるから」
*
舟番小屋から持ってきたロウソクがひとつだけ灯っていた。みんな静かだ。でも全員起きている。か細い炎を見つめている。村を脱出した高揚感は抜けて、未来への不安が渦巻いている。
ゴセントもシロガネもカツラも黙ったままだ。このまま日の出までの数時間を休むべきだろうし、そうなるだろう。でも怯えと恐れを抱えたままで寝るべきではない。
「ツユクサはお話婆さんを知っているかい?」
ハシバミに聞かれて、うつらうつらしていた彼が頷く。
「あの村の祭りの日に一度だけ聞いた。……あの日は舟で川を渡った。あっちの村の子が対岸で踊っていた」
でもみんな死んだ。と続きそうな雰囲気。
「その踊りならベロニカたちが知っているかもしれないけど、僕はお話を聞きたいな」
ハシバミはつとめて明るく言う。「ねえツヅミグサ、面白い話をしてくれないか? 君がお話婆さんに負けず劣らず上手なのは知っているから」
ツヅミグサは、ハシバミが何を求めているのかに気づいた。遠くでフクロウが鳴いている。
「そうだな。カツラが眠そうにしているから、目が覚めるようなのをしてやるよ」
ツヅミグサが語りだす。
アイオイ親方の話は、この地方の子どもが一度は聞いたことがある物語。みんなを生かす親方という意味らしい。地球に色々起きてほとんどが砂漠になり、残りが水浸しになってから、みんなを導いた親方。
「ハシバミ、ここでたっぷり休憩するぞ。三時間は歩き続けたからな。おちびちゃんがまいっている。デブもだ」
カツラが言うように、ゴセントとツユクサが座りこんでいた。コウリンなど横になっている。
「建物は異常なかった」
シロガネがサジーとともに戻ってきた。「最初の夜だ。水もあるし、ここで飯を食べよう。さすがに上士たちも今夜は追ってこないだろう」
「ご飯だって?」コウリンが起きあがる。
「麦はまだ炊かない」ハシバミは言う。あれは大事に取っておく。
「そりゃ残念だ」サジーが笑う。「だが廃墟のまわりに虫がたっぷりだ」
*
ハシバミはベロニカと見張りを買ってでる。はずれ者であったベロニカは仲間に加わるために。ハシバミは虫を食いたくないから。この時代の主要な蛋白質はたしかにあいつらだけど、ハシバミは子どものころから抵抗があった。イナゴは好きだ。コオロギは食べられる。芋虫も小さいのならよく炒めて目をつぶって飲み込めば……他はダメだ。
ハシバミはリュックサックから干し肉をだす。半分にちぎる。
「うさぎだけど食べる?」ベロニカに渡す。
「あ、ありがとうございます」
ベロニカは当然受け取る。これで共犯者だ。自分で春先に作ったものであろうと独占はよくない。だから隠れて食べる。
「さっきはありがとう。君とアコンがホソバウンランを倒さなければ、僕たちはあそこで捕まっていた」
「たぶん槍は三センチも刺さらなかったです。あいつは生きている。それが心残りです」
ホソバウンランは、弱い奴誰にでも分け隔てなく接していたようだ。
「僕のことは知っていた?」
「いいえ。話したことがあるのはツヅミグサさんだけです。あの人は子どものときに村に来たことがあったそうです。お話婆さんを知っていました」
川を挟んだ村とはもちろん交遊があったし、ハシバミも何度も好奇心がてらに渡っていた。お話婆さんも知っていた。
「懐かしいな。僕もアイオイ親方の話を聞いたよ。まるでそこにいるかのようだった。おっ」
ランプの明かりが建物からでてきた。
「交代するよ」
槍を持ったクロイミが言う。隣には弓を持ったアコンがいた。互いの手のひらでタッチして、ハシバミはドライブインの半分くずれた廃墟に向かう。
「干し肉は内緒にね」ベロニカに小声で笑う。「僕の分の虫もあげるから」
*
舟番小屋から持ってきたロウソクがひとつだけ灯っていた。みんな静かだ。でも全員起きている。か細い炎を見つめている。村を脱出した高揚感は抜けて、未来への不安が渦巻いている。
ゴセントもシロガネもカツラも黙ったままだ。このまま日の出までの数時間を休むべきだろうし、そうなるだろう。でも怯えと恐れを抱えたままで寝るべきではない。
「ツユクサはお話婆さんを知っているかい?」
ハシバミに聞かれて、うつらうつらしていた彼が頷く。
「あの村の祭りの日に一度だけ聞いた。……あの日は舟で川を渡った。あっちの村の子が対岸で踊っていた」
でもみんな死んだ。と続きそうな雰囲気。
「その踊りならベロニカたちが知っているかもしれないけど、僕はお話を聞きたいな」
ハシバミはつとめて明るく言う。「ねえツヅミグサ、面白い話をしてくれないか? 君がお話婆さんに負けず劣らず上手なのは知っているから」
ツヅミグサは、ハシバミが何を求めているのかに気づいた。遠くでフクロウが鳴いている。
「そうだな。カツラが眠そうにしているから、目が覚めるようなのをしてやるよ」
ツヅミグサが語りだす。