123 丘の手前
文字数 2,479文字
水はあるけど痩せた気色悪い生き物が色々たっぷり浮かんでいる。煮沸しても飲みたくない。川を渡れば高台になり、きれいな沢の水もあるというのに。
「真ん中の流れは水中に引きずりこむ奴。かなり危険だね」
対岸まで泳げずに引き返したツヅミグサが下流からようやく戻ってきた。泳ぎの名手である彼が言うならば言葉とおりだろう。だったら、喉を涸らしてここで過ごすしかない。丘陵はすぐそこに隠されていようがだ。
「女の子が二人もいなくなった。なのに彼女たちは案外平気だ」
ハシバミはクロイミに言う。「心が強いからじゃない。死に慣れている」
「見せしめの死にかな?」
クロイミは藪に立ち尽くす女たちを見て言う。「でももう死なせない。僕たちの心がさきに参っちゃうよ」
「まったくだ。はやく私たちの村で休ませてあげたい」
シロガネがやってきた。「ハシバミどうするのだ?」
「水が引くのを待つしかないよ。ツヅミグサに楽しい物語をしてもらおう……どうしたカツラ?」
「バクラバを見かけたか?」
カツラまでやってきた。長刀をようやく布で巻いている。
「ひとりで上流に歩いていったよ」
ツユクサが答える。泥濘に座っているらしく藪で姿は見えない。
「逃げだしたのか?」
カツラはぶつぶつ言いながら立ち去る。彼も灌木で見えなくなる。
「みんなで固まるべきかも。状況把握できない」
クロイミが言う。
「そうかもね。きれいな女性に憧れようが、いつまでも他人行儀」
ブルーミーの声がどこからか聞こえる。
みんなを自分のもとに集結させる。点呼する。男が十一人、女が八人……。バクラバ以外にも女性が一人減っている。
「スレイサとオーンに続いてローサも……」
「ローサ! ローサどこにいるの!」
さすがに女たちに恐慌が走った。
「長は?」その中で冷静な男の声が聞こえた。
こっちだと声かけると、藪を掻き分けて半裸のままのバクラバが現れた。僕たちと別格のたくましさを感じてしまう。
「なんの騒ぎですか?」と彼は尋ねる。
「女性が一人確認できない」
「獣どもの気配はしなかった。だったら盗賊に捕まったのでしょう。女性は奴隷として色々と使い道がある。とりわけ平地だと、弱いものは固まらないといけない」
バクラバは動じもせずに言うので、ハシバミは嫌な気分になった。カツラはなんでこんな冷淡な奴を連れてきた? エブラハラの生死の基準を知らないハシバミはそう思う。
「そんな気配こそなかったが、追うしかないな」
シロガネの顔が紅潮してきた。「バクラバさんだったよな。あなたならば追跡できるのではないか?」
「できますが、ここは連中の土地です。男が十人以上で行動しないと太刀打ちできません。そうすると残りの二人で女性を守らないとならない」
「男に怪我人が多いね」
クロイミが遠回しに追うべきじゃないと告げる。
「どっちにしろ夜に再び襲われるかもしれません。今度はさらに大掛かりにです。その後も付きまとうかもしれない。舐められないようにしましょう」
そう言うとバクラバが銃を空に二度放つ。これだけで舐められないようだ。ハシバミは、そんな偉大な銃たちを捨てたゴセントを憎々しく感じてしまうけど、どうせ弟が正しいのだろう。……長い目で見てだろうな。それでもゴセントが正しい。
「銃声は想像以上に届きます。目耳のいい奴もいます。盗賊より怖いものを呼び寄せるかもしれないが仕方ありません」
黒人の老兵はそう言って銃をビニールに入れる。
「バクラバはどこへ消えていた?」
カツラが尋ねる。
「筏を作れる材料がないか、もしくは渡渉できる地点を探していました」
「そして、どちらかが見つかった」
ゴセントが言う。
「いいえ。両方ともありました。ただし腐りだしている。危険ですが、それで渡るしかないでしょう」
「そこまで連れていってくれ」ハシバミは決断するまでもなく言う。
「女を一人奪われただけで済んだのですから悲嘆することはありません。古い話ですが、連行中の男奴隷が盗賊たちと屈託して、仲間が五人も殺されたことがあります。もちろん報復は大がかりにしましたが、あの時は女を十人以上」
「その辺の話は教えてくれなくていいよ」
二十人は一列に歩きだす。先頭はバクラバ、続いてシロガネ。最後尾はカツラとブルーミー。ハシバミは男たちに挟まれて歩く女たちの真ん中で気を配る。
なぜ安全なエブラハラから逃げだしたのだろう。さすがに女たちから後悔の念が伝わってくる。男たちは声かけられない。
***
大勢の移動は時間がかかる。一時間近くも藪を歩いてようやくたどり着く。舟が岸に縄でつながれていた。四人ほどが乗れる筏。まずは無人で流れに降ろしてみる。筏は縄をぴんと張って対岸へたどり着く。
「普通ならば下流に流れるだけなのに、ここは川が湾曲しているからだ。絶妙な計算だね」
クロイミが感心するのだからかなりのことなのだろう。
縄を岸へと引き戻す。この作業はきつかった。朽ちた丸太と朽ちた縄。二十人はこれに託す。
「まずは男四人だ。僕とカツラとツヅミグサとバクラバ。うまくいったら、次は女の子を乗せよう。最後はシロガネとコウリン、ベロニカ、ブルーミー」
対岸は水流が当たり抉れた崖になっていた。第一陣の男四人は、ツヅミグサ以外は傷を負っている。それでも上陸に難儀するほどではなかった。補佐すれば女子でも問題なさそうだ。
「筏が壊れたり縄が切れたらツヅミグサが助けにいく」
「すごい任務だね。黒屍の命令みたいだ」
シロガネやコウリンたちは引っ張るのにへとへとになったけど、筏は四往復に耐えた。しんがりの男四人なら途中で筏が壊れても泳いで渡るだろう。最後に渡渉手段を破壊することも忘れないだろう。
「偵察しよう」ハシバミがバクラバに言う。
「承知しました」エブラハラの戦士であった男は即答する。
「俺も行くぜ。ついでに沢で傷口を洗いたい」
「私も同行させてください。この先に何があるか、みんなに伝える義務があります」
カツラとツユミもついてくる。
四人は土手を登る。川の向こうとこっちでは空気が違う気がする。
セキチク群長がいた。
「真ん中の流れは水中に引きずりこむ奴。かなり危険だね」
対岸まで泳げずに引き返したツヅミグサが下流からようやく戻ってきた。泳ぎの名手である彼が言うならば言葉とおりだろう。だったら、喉を涸らしてここで過ごすしかない。丘陵はすぐそこに隠されていようがだ。
「女の子が二人もいなくなった。なのに彼女たちは案外平気だ」
ハシバミはクロイミに言う。「心が強いからじゃない。死に慣れている」
「見せしめの死にかな?」
クロイミは藪に立ち尽くす女たちを見て言う。「でももう死なせない。僕たちの心がさきに参っちゃうよ」
「まったくだ。はやく私たちの村で休ませてあげたい」
シロガネがやってきた。「ハシバミどうするのだ?」
「水が引くのを待つしかないよ。ツヅミグサに楽しい物語をしてもらおう……どうしたカツラ?」
「バクラバを見かけたか?」
カツラまでやってきた。長刀をようやく布で巻いている。
「ひとりで上流に歩いていったよ」
ツユクサが答える。泥濘に座っているらしく藪で姿は見えない。
「逃げだしたのか?」
カツラはぶつぶつ言いながら立ち去る。彼も灌木で見えなくなる。
「みんなで固まるべきかも。状況把握できない」
クロイミが言う。
「そうかもね。きれいな女性に憧れようが、いつまでも他人行儀」
ブルーミーの声がどこからか聞こえる。
みんなを自分のもとに集結させる。点呼する。男が十一人、女が八人……。バクラバ以外にも女性が一人減っている。
「スレイサとオーンに続いてローサも……」
「ローサ! ローサどこにいるの!」
さすがに女たちに恐慌が走った。
「長は?」その中で冷静な男の声が聞こえた。
こっちだと声かけると、藪を掻き分けて半裸のままのバクラバが現れた。僕たちと別格のたくましさを感じてしまう。
「なんの騒ぎですか?」と彼は尋ねる。
「女性が一人確認できない」
「獣どもの気配はしなかった。だったら盗賊に捕まったのでしょう。女性は奴隷として色々と使い道がある。とりわけ平地だと、弱いものは固まらないといけない」
バクラバは動じもせずに言うので、ハシバミは嫌な気分になった。カツラはなんでこんな冷淡な奴を連れてきた? エブラハラの生死の基準を知らないハシバミはそう思う。
「そんな気配こそなかったが、追うしかないな」
シロガネの顔が紅潮してきた。「バクラバさんだったよな。あなたならば追跡できるのではないか?」
「できますが、ここは連中の土地です。男が十人以上で行動しないと太刀打ちできません。そうすると残りの二人で女性を守らないとならない」
「男に怪我人が多いね」
クロイミが遠回しに追うべきじゃないと告げる。
「どっちにしろ夜に再び襲われるかもしれません。今度はさらに大掛かりにです。その後も付きまとうかもしれない。舐められないようにしましょう」
そう言うとバクラバが銃を空に二度放つ。これだけで舐められないようだ。ハシバミは、そんな偉大な銃たちを捨てたゴセントを憎々しく感じてしまうけど、どうせ弟が正しいのだろう。……長い目で見てだろうな。それでもゴセントが正しい。
「銃声は想像以上に届きます。目耳のいい奴もいます。盗賊より怖いものを呼び寄せるかもしれないが仕方ありません」
黒人の老兵はそう言って銃をビニールに入れる。
「バクラバはどこへ消えていた?」
カツラが尋ねる。
「筏を作れる材料がないか、もしくは渡渉できる地点を探していました」
「そして、どちらかが見つかった」
ゴセントが言う。
「いいえ。両方ともありました。ただし腐りだしている。危険ですが、それで渡るしかないでしょう」
「そこまで連れていってくれ」ハシバミは決断するまでもなく言う。
「女を一人奪われただけで済んだのですから悲嘆することはありません。古い話ですが、連行中の男奴隷が盗賊たちと屈託して、仲間が五人も殺されたことがあります。もちろん報復は大がかりにしましたが、あの時は女を十人以上」
「その辺の話は教えてくれなくていいよ」
二十人は一列に歩きだす。先頭はバクラバ、続いてシロガネ。最後尾はカツラとブルーミー。ハシバミは男たちに挟まれて歩く女たちの真ん中で気を配る。
なぜ安全なエブラハラから逃げだしたのだろう。さすがに女たちから後悔の念が伝わってくる。男たちは声かけられない。
***
大勢の移動は時間がかかる。一時間近くも藪を歩いてようやくたどり着く。舟が岸に縄でつながれていた。四人ほどが乗れる筏。まずは無人で流れに降ろしてみる。筏は縄をぴんと張って対岸へたどり着く。
「普通ならば下流に流れるだけなのに、ここは川が湾曲しているからだ。絶妙な計算だね」
クロイミが感心するのだからかなりのことなのだろう。
縄を岸へと引き戻す。この作業はきつかった。朽ちた丸太と朽ちた縄。二十人はこれに託す。
「まずは男四人だ。僕とカツラとツヅミグサとバクラバ。うまくいったら、次は女の子を乗せよう。最後はシロガネとコウリン、ベロニカ、ブルーミー」
対岸は水流が当たり抉れた崖になっていた。第一陣の男四人は、ツヅミグサ以外は傷を負っている。それでも上陸に難儀するほどではなかった。補佐すれば女子でも問題なさそうだ。
「筏が壊れたり縄が切れたらツヅミグサが助けにいく」
「すごい任務だね。黒屍の命令みたいだ」
シロガネやコウリンたちは引っ張るのにへとへとになったけど、筏は四往復に耐えた。しんがりの男四人なら途中で筏が壊れても泳いで渡るだろう。最後に渡渉手段を破壊することも忘れないだろう。
「偵察しよう」ハシバミがバクラバに言う。
「承知しました」エブラハラの戦士であった男は即答する。
「俺も行くぜ。ついでに沢で傷口を洗いたい」
「私も同行させてください。この先に何があるか、みんなに伝える義務があります」
カツラとツユミもついてくる。
四人は土手を登る。川の向こうとこっちでは空気が違う気がする。
セキチク群長がいた。